雨と傘と猫と
降りしきる雨のなか、見覚えのある人影がみえた。あれはきっと、
「しぶやー、しっぶやー!!」
人影からはだいぶ離れていたし、雨で視界も悪い。
でも僕はその人影が彼だという確信をもって、呼びかけた。
「おお、村田」
やっぱりね。後ろを振り返ったのはやはり彼、渋谷有利だ。
渋谷は意外そうな顔で、僕に話しかけてきた。
「どうしたんだよ、こんなとこで」
「それはこっちの台詞だよ。こんな雨の中、傘もささないで」
かなりの大雨にもかかわらず、渋谷は傘もささずにしゃがみこんでいた。
一体何をやっているのかと覗き込もうとしたとき、
『にゃあ』
渋谷のほうから、動物の鳴き声が聞こえてきた。
「ネコ・・・?」
僕がそう呟くと、渋谷はなぜか納得するように、うん、うん、と言いながら僕のほうを向きなおる。
「だよなー。やっぱ、猫はにゃあだよ。ゾモサゴリ竜とかいう訳のわかんないもんじゃないよなー」
「・・・ほら、訳のわかんないこと言ってないで、猫がどうしたって?」
本当は、彼が何のことを言っていたのか、大体の見当はつく。
こちらの世界のことではないから、あっちの世界のことなんだろう。
でも、彼は僕も向こうの世界に属する者だということを知らない。
だけど、いつかは知ることになるのだろうか。
「・・・で、この猫はって聞いてる!?」
「えっあっ、ごめん。もう一回お願い」
「むぅーらぁーたぁー」
「あはは、ごめんって」
いけない、いけない。つい、みぞにハマりすぎた。
考えたって答えはでないし、僕が答えを出すものでもない。それでもやっぱり考えてしまう。
魔王としての渋谷が、僕を必要としてくれるのだろうかって。
「だから、この雨だろ。急いで帰ろうとしたらさ、猫と目があっちゃって。捨てられてたんだよ、ここに」
「それで、どうしようか困ってたの?」
「おう」
「はぁ・・・。だからって、このままだと渋谷が風引くよ」
そう言いながら、渋谷に雨が当たらないように傘を傾ける。
すると、渋谷が僕に向かって屈託のない笑顔を向けた。
「さんきゅ、村田!!」
僕は、彼のこの笑顔が好きだ。
裏表のない彼の性格が、よく現れていると思う。見ていて、すごくホッとする。
「で、その猫どうするの?」
「あー、どうしよ。おれの家は飼えないしな。村田の家は?」
「僕も無理だよ。やっぱり、ここに置いといたほうがいいんじゃない」
そこまで言い終えると、渋谷の顔が曇っているのに気が付いた。
「なんで、そんなこと言うんだよ。だって、このままここに置いといたら、死んじゃうかもしれないんだぞ」
「じゃあ、どうするのさ」
「どうって・・・・、そんなこと考えてないけど、このままにしておく訳にはいかないだろ。村田は、先に帰れよ」
渋谷は一気にそれだけ言うと、僕から視線をはずして、腕に抱いていた猫をギュっと抱きしめた。
その様子が、かわいらしく・・・じゃなくて、子供っぽくておもわずふき出した。
「あははっ、渋谷って子供〜!!!」
「なんだと!?」
その言葉に、渋谷は僕に視線を戻し、ムッとした表情をつくる。
「ごめん、ごめん。でも、渋谷も早く家に戻って体拭かないと」
「だから、先に帰れってば。おれはこの猫を・・・」
渋谷がまだ話しているのにもかかわらず、僕は渋谷の言葉を遮って話しかけた。
「それはわかってるよ。だから、猫も一緒にね」
「・・・どういうこと?」
僕の言葉に、渋谷は意外そうな顔をした。
まぁ、渋谷の頭じゃわかんないだろうね。
僕は、体半分くらいが傘からはみ出して、雨に濡れてしまっている渋谷の体を抱き寄せた。
「里親が見つかるまでは、家で預かっておくから。けど、里親は一緒に探してくれよ」
「ホントか、村田!!!!」
抱き寄せた腕のあいだから、渋谷が大声を張り上げた。
顔を覗き込んでみれば、そこには思ったとおり、僕の好きな彼の笑顔がそこにあった。
しかし、それはすぐに困惑した表情へと変わる。
「なぁ、ところで村田」
「なに?」
「あの、傘に入れてもらってるのはありがたいんだけど、なんでおれを抱きしめてんの?」
「ああ、ごめん。ついね」
そう言って笑う僕を見て、渋谷はさっさと離せと怒鳴り散らした。
しかたなく渋谷を解放すると、頭を思いっきり殴られる。
「いたっ。何するんだよ」
「つい・・・で男を抱きしめるなぁー!!!」
なんだそりゃ。渋谷は、何か思い出したくないようなことを、思い出したような感じで、おろおろし始めた。
どこかで、男の人と何かあったのかな。考えたって、わかりはしないけどね。
「ハイ、ハイ。いいから早く帰るよ」
「おっ、おう。にしても、なんでせっかくのアイアイ傘が村田健・・・・」
「なにか文句でもあるの?」
凄みをきかせてそう言うと、渋谷はすごい勢いで、めっそうもありませんと謝った。さすが、時代劇ファン。
家に向かって歩き始めると、渋谷がボソッと呟くのが聞こえた。
「村田がいてくれて、助かったな」
雨が、いっそう激しくなった気がした。
魔王としての渋谷は、僕を必要としてくれているかわからないけど。
親友としての渋谷は、とりあえず僕を必要としてくれているみたいだから。今は、それだけで十分かな。
そう思った、ある一日のそんな出来事。
片思いというよりは、友情話になってしまったかもしれません(汗
でも、普通に友情も結構好きだったりしますv
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