あなたに、本当に幸せになって欲しいと思う人はいますか―――。
ふと目をやった雑誌で見かけたその一文に、妙に胸騒ぎを感じた。
恋心
「ずっと好きでした!!私と、付き合ってくださいっ!!」
特にモテるという訳でもないが、一応告白されたりすることもあった。
でも、僕の答えはいつも同じで、決まっている。
「・・・・・ごめん」
今までの人生で何度か告白されたことはあったが、そのすべてを断ってきた。
別に、格好つけてるとかそんなんじゃなくて、理由はちゃんとある。
それに、断るときにもちゃんと言っている。
「昔から好きな人がいるんだ。だから・・・」
「嘘っ!!そんなの嘘でしょ」
それを話そうと思ったら、彼女に強い口調で遮られてしまった。
「だって、学校でだって村田君に今好きな人いないって・・・」
この人は、そんな根も葉もない噂を信じているんだろうか。
僕のことなんて、僕自身にしか分かりはしないっていうのに。
「ごめんね。でも、本当のことだから」
「っ!!」
できるだけ優しく言ったつもりだったけど、たぶん顔は笑っていなかったのかも知れない。
彼女は、足早にその場から走り去っていった。
太陽はまだまだ高い位置にあって、強い日差しが容赦なく僕を照りつけてくる。
その日差しを見つめながら、ぼんやりと彼のことを考えた。
* * * * *
僕には昔から好きな人がいた。
でも、その人に思いを告げたことはない。いや、告げられないと言ったほうが正しいのかもしれない。
彼には好きな人がいて、彼の思い人もまた、彼のことが好きだった。つまりは両思いで、僕の入る隙間なんてどこにもない。だから、僕のなかで芽生えた感情が花開く日は永遠にこないだろう、なんて。
でも、それでもよかったんだ。
「それでさー、なんか男らしいことばっかりさ・・・」
あの人のことを話す君は本当に嬉しそうで、僕はその笑顔が好きだった。
「そんなこと言って嬉しいくせに〜」
「う゛っ・・・・」
嬉しそうに話す君に、僕が茶化して話しかけると、顔を真っ赤にして照れる。
そんなところも可愛らしくて、ついついいじめたくなる。そ
んな彼の笑顔をすぐ隣で見ていられるのならば、『親友』という存在でも言いと思えた。
だから君の、渋谷の笑顔が消えてしまわないように、僕は彼の幸せを願っている。
そう・・・・・・思っていた。
* * * * *
日も傾きかけていた頃、僕はいつも通りに血盟城にある一室で、本を読んでいた。
すると突然嫌な予感がして、僕は扉のほうを振り向く。
でも、扉が開く気配はなく、ホッとしてそこから目を離そうとした。
その瞬間、勢いよくそれは開いたのだ。
「むらたぁ〜」
「・・・・・・はぁ」
扉の前に立っている彼を見て、大きなため息をついた。
彼はそれが気に障ったのか、泣きそうだった顔をムッとさせる。
「なんだよ、そのため息は!!おれがきちゃダメなのかよ」
「別になんでもないよ。で、渋谷。そんな顔して何か用?」
この部屋に来るのが駄目なわけじゃない。
むしろ、来てくれたほうが嬉しいくらいだ。普通に遊びに来る分には。
けど、渋谷がこんな様子でいるときは、決まってやっかい事を持ち込んでくるのだ。
あのため息には、そういう意味合いが込められている。
「用ってほどのことでも・・・えーと、だからそのぉ・・・おれがあいつで、おれの・・・」
そうとう大変なことがあったのか、渋谷が意味不明な事をブツブツと呟きだす。
このままじゃらちが明かないと思い、まず落ち着かせるために椅子に座らせ、ミルクティーを差し出した。
渋谷はそれにそっと手を伸ばすと、ゆっくりと飲み始める。
「それで、何があったの?」
少し落ち着いたようなので、出来るだけ優しく問いかけてみる。
けど、渋谷は何かを言い出そうと、僕の顔をじっと見つめたかと思うと、突然俯いてしまう。
どうしようかと困っていたら、ようやく話し始めてくれた。
「・・・・・・コンラッドとケンカしたんだ」
そのボソッと言った一言に心底驚いて、らしくない大声を上げてしまう。
「ウェラー卿と喧嘩したってー!!?」
「なっ、なんだよ!?そんなに驚くことじゃないだろ」
確かに、たかだか喧嘩でこんなにびっくりすることもないのかも知れない。
でも、それがこの2人となると話は別なのだ。
毎日あきれるくらい一緒にいて、見てるこっちが嫌になるくらいのラブラブっぷりを見せ付けているあの2人が。
そう考えると、大声のひとつやふたつ上げたくなるのも当然というものだ。
「ふー・・・で、喧嘩の原因は?」
まだ驚きで内心ドキドキだったが、とりあえず落ち着いているように見せかける。
渋谷は大きなため息をつくと、ポツリポツリと喋りだした。
「おれは、守られてるだけは嫌なんだ。だから、少しでも自分で魔力を制御できるようにしたかった・・・。でも、コンラッドはそんなことする必要ないって・・・・」
なんて、彼ららしい喧嘩だろう。
僕からしてみれば、のろけられているようにしか思えないっていうのに。
「あのさー、渋谷〜ぁ」
「なっ、人が真剣に悩んでるって言うのに、なんだよその顔は!!」
僕があきれたような声を出すと、渋谷にキッと睨みつけられた。
でも、渋谷だってわかっているはずだ。ウェラー卿が、本当は何を伝えたかったのか。
「彼は君と喧嘩しようと思ってそんな事を言っ・・・」
「わかってる!!」
渋谷がいつになく強い口調で、僕の言葉をさえぎった。
さすがにびっくりして、しばらく言葉を失ってしまう。
その様子に気づいたのか、渋谷は一言謝罪すると、そのまま言葉を続けた。
「でも、わかってたんだ。コンラッドが、おれの心配してくれてたってことはさ・・・。それでもおれ・・・・」
重たい沈黙が流れる。
魔力の安定しない渋谷が無理にその力を使ったら、何が起こるかわかったもんじゃない。
下手をしたら、自分自身の身だって危ないのだ。
ウェラー卿は、それがわかっていたんだろう。だから、渋谷を止めに入った。
渋谷だって、その心遣いはわかっている、そう言っていた。
それならなぜ、和解しようとしないのか。
理由なんて分かりきっている。分かって、いたのに。
僕のなかで、微かな期待が生まれる。
「だったらっ・・・!!」
「やっぱりおれ、コンラッドに謝ってくるよ。好きだから、今のままでいたくないんだ」
その言葉に、現実に引き戻された。
僕は今、何を考えていたのか。一体何を、期待していたっていうんだろう。
そう、分かっていたことじゃないか。僕の入る隙間なんて、どこにもありはしないだなんて。
「って、何言ってんだおれ!?ごっ、ごめん、なんかいろいろ。あっ、むっ、村田も何か言いかけてなかったけ?」
自分の言葉にかなり動揺している彼の背中を、笑顔で軽く押しやる。
「だったら、はやく言ってあげなよ。きっと、君を待ってる」
彼は僕を1人部屋に残し、去っていった。
* * * * *
『ありがとう』
そう言った彼の笑顔が、いつまでも心に残って離れていかない。
この笑顔が好きだったはずなのに、今はなぜか思い出すだけで心が痛む。
この気持ちって、なんていうんだったけ。
「せつない・・・か」
思わず口に出してしまってから、ハッとする。
泣きたいような、笑い出したいような妙な気分になった。
「あっ・・・はははは」
切ないなんて感情が、まだ自分にも残っていたなんて。
彼の幸せを、心から願っていたんじゃなかったのか。
結局は、そう思うふりをしていただけなのだ。
そう思うことによって、彼に思いを伝える勇気もない自分を正当化しようとしていたのだ。
それなのに、彼にこっちを振り向いて欲しいと、ずっと思っていた。
情けなさと、悔しさと、訳のわからない感情で胸が苦しくなる。
「まったく・・・何千年、人やってると思ってるんだよ・・・・」
自分で自分を、あざけ笑うことしかできなかった。
傾きかけていた日が、僕の目線と同じ高さまで落ちてきていた。
その日差しの眩しさのせいにして、声を殺してうずくまる。
いつの日か、本当に彼の幸せを願えることを信じて――。
シリアスを目指してみたのですが、如何なものでしょう?
それっぽくなっているといいのですが・・・。
村田の片思いって何故か書きやすいんですよね。
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