願い事




一月一日元旦。
その日の朝、渋谷勝利は、弟有利のけたたましい叫び声で、目を覚ました。
「なっ・・・なんだ・・・?今の声は、ゆーちゃんか!?」
本当ならば今日は家でのんびりするつもりだったはずの勝利だが、弟の、おそらく一大事にベッドから飛び起き、声のしたほうへとかけっていった。
「なんだよ、今の叫び声は」
その様子を悟られまいと、いかにも起こされて不機嫌だ、という調子で部屋の中へと入っていく。
「あら、しょーちゃんおはよう」
勝利に気が付いた渋谷ブラザーズの母、美子が、勝利に声をかけた。
勝利は、軽くそれに返事をかえすと、辺りを見回して有利の姿を探し始める。だが、一向に有利の姿は見つからない。
そんな勝利を見かねた母が、クスクスと笑いながら、大声を張り上げた。
「ゆーちゃーん!!隠れてないで、でていらっしゃーい」
しかし、やはり有利が姿を現す気配はない。
勝利がもう一度、目を凝らして辺りをよく見回すと、何かがモゾッと動くのが見えた。
「あそこか!?」
その場所へと、足早に近づいていく。
そこにいたのは、やはり有利だった。そう、確かに有利だったのだが。
「ゆー・・・お前、なんだその格好!?」
「勝利!?みっ・・・見るな、出ていけ!!」
渋谷兄が驚くのも無理はない。
その時の有利の格好ときたら、立派な晴れ着姿だったのだ。
桜模様があしらわれた着物に身を包み、頭にはかわいらしい髪飾りがついている。
だが当然のことながら、勝利の弟である有利は、男だ。
それがなぜ、こんな格好をしているのか。
勝利は有利の晴れ着姿に見とれつつも、そんな疑問を感じていた。
しばらく半泣き状態の弟を見つめていた勝利に、美子が話しかけてくる。
「ゆーちゃん、かわいいでしょ。昔、ママが着てた着物がでてきたんだけど、もうさすがに着れないじゃない。だから、ゆーちゃんなら、似合うんじゃないかと思って」
その言葉で、勝利はすべてを理解した。
さしずめ、嫌がる有利を脅し、無理やり着せたというところだろう。
「うぅ・・・もう、いい加減にしてくれって・・」
「あら、なんで?とっても、似合ってるわよ」
「似合ってたっておれにはヨザックみたいな趣味は・・・・いやいや、そーいうことじゃなくて・・・」
有利は、うんざりしたように美子に話しかける。
しかし、美子は無邪気な笑顔を振りまきながら、かわいいを連発するばかりだ。
また、勝利も美子の隣で、その言葉に賛同していた。
そんな2人を横目に、ブツブツと意味不明なことを呟いていた有利だったが、突然ハッとして、大声を上げる。
「って、こんなことしてる場合じゃなかった!!早くしないと村・・・」
『ピンポーン』
有利の言葉と重なって、玄関のチャイムが鳴らされた。
その音に、有利が慌て始める。
「うわ、きちゃったよ。どっ、どっ、どうしよ。まだ、この格好のままじゃん」
「お前は、何をそんなに慌ててるんだよ」
慌てふためいている有利に、勝利が冷静に声をかけた。
だが、有利は勝利の声など、まったく耳にはいってこないらしく、なかなか返事をしない。
そんな2人の様子を見守っていた美子が、突然思い出したように、有利に声をかけた。
「そういえば、今日はゆーちゃん初詣でに行くんだったわね」
「初詣でって、誰と?」
そう言った美子に、なぜか有利ではなく勝利が返事をする。
「えーと・・・ああ、そうそう。健ちゃんだったわよね、ゆーちゃん」
「健ちゃん・・・・だって」
健ちゃんこと、村田健。
その名前を聞いたとたん、勝利の眉間にしわが数本よる。
『ピンポーン』
すると、もう一度チャイムの音がなった。
1回目のチャイムが鳴ってから、もうすでに3分ほどの時間がたっている。
「ほら、ゆーちゃん早く行きなさい」
「きっ、着替え、きがえ・・・」
「ゆーちゃん!!」
「いてっ」
晴れ着姿でドタドタと走り回っていた有利に、美子は母の愛のムチをおみまいした。
とたんに、有利は頭を抱えてその場にしゃがみこむ。
美子は、しゃがみこんでいる有利に、きっぱりと言い放った。
「服なら、いま立派なのきてるじゃないの。それで、いってらしゃいな。お友達を待たせるもんじゃないわよ」
「「こっ、これで(か)〜!!!」」
有利はともかく、なぜか勝利まで大声を上げる。
もちろん、有利は嫌がったが、母の力は絶大だった。
しぶしぶ、玄関の方へと歩いていく。
「ゆっ、ゆーちゃんが、あんな格好で外へ・・・・」
その隣で、なにやらブツブツと呟く勝利の姿があった。



一方その頃、玄関前の村田は、懸命に有利が現れるのを待っていた。
「おっそいなー、なにやってんだろ」
多少、ボヤキながら。
そして、3回目のチャイムを鳴らそうと、チャイムに手を伸ばす。
ちょうどその時、ガチャという音とともに、扉が開いた。
「おそいよ、渋谷」
「・・・・・・ごめん」
文句を言う村田に謝りながら、おずおずと有利が姿を現した。
もちろん、あの晴れ着姿で。
「渋谷、その格好・・・・」
「うっ・・・・。やっぱ、おれ着替えてくる!!」
ぼう然とする村田をみて、また半泣き状態に戻った有利は、慌ててその場から逃げ出そうとした。
が、村田に手をつかまれ、それを阻止される。
「なんで、逃げるのさ!?」
「だって、こんな格好だし・・・・」
「いいじゃないか。かわいいし」
「かっ、かっ・・・・男に可愛いとか言うな!!」
「まぁ、いいから、いいから」
村田は照れまくっている有利を引っ張りながら、初詣でへと出発した。









   *  *  *  *  *










「ねぇ、渋谷はなにお願いしてたの?」
「そういう村田はなんなんだよ」
参拝し終わった2人はそんな会話をしながら、たくさんの人ごみのなかを歩いていた。
有利は、参拝のときにやたらと長く手を合わせていた。
それが気になった村田は、有利にきいてみるものの、反対に聞き返されてしまう。
「えー、僕?僕はね・・・・」
「なに?」
「ないしょ」
「はぁ?」
そんな他愛もない会話を、2人は楽しんでいた。
すると突然、ベンチの前で村田が足を止める。
そんな村田を疑問に思い、有利が声をかけた。
「どうしたんだよ。あっ、もしかして疲れたのか!?」
「渋谷、足痛いんでしょ」
「うへっ!?」
図星だったらしく、有利が変な声を上げる。
村田は、おかしそうに笑いながら話を続けた。
「たぶん、履きなれてないゲタなんてはいたからだね」
「村っ・・・気づいてたのか?」
有利がそう言うと、村田はにっこりと笑いながら、有利をベンチへと座らせる。
「僕は飲み物かなんか買ってくるから、渋谷はここで休んでて」
「えっ、おい、ちょっ・・・」
村田はそのまま走り去っていき、あっという間に姿が見えなくなってしまった。
有利は、なんだか置いてけぼりを喰らったみたいで、少し落ち込んでしまう。
「ああ、いっちゃった・・・・」
「ねぇ、ねぇ。彼女ひとり?」
すると、どこからかナンパらしき声が聞こえてきた。
それが、自分に向かって言われているような気もしたが、男にナンパされる覚えもないので、特に気にしないでいた。
「無視するなんてつれないじゃん。どうせ、1人なんだろ!」
「いたっ・・・」
しかし、突然見知らぬ男に腕をつかまれる。
思いのほか男の力は強く、有利は小さくうめき声を上げた。
「なぁ、俺たちと遊びにいこうぜ!!彼女、名前は?」
「彼女って・・・・おれ!!?おれは、おと・・・」
そこまで言ってしまってから気が付いた。今の自分は、とても男と名乗り出られる格好ではない。
晴れ着姿で男だなんて言ってしまったが最後、一生変人のレッテルを張られたまま生きていかなければならなくなること間違いなしだ。
「おれ?そんなにかわいいのに、自分のこと俺っていうんだ」
「おい、今こいつ男って言おうとしなかったか!?」
「まさか!?でも、じゃあこいつこんな格好してるくせに、おと・・・」
「おっ・・・おとはって言おうとしたんだ・・・です」
我ながらなんて苦しいいい訳なんだ、と有利は思った。
しかし、案外簡単に有利の嘘を信じたらしく、そのまま有利の手を引き、その場から連れ去ろうとする。
「おとはちゃんって言うんだ。じゃ、どっか遊びにいこうぜ」
「おい、まてっ・・・・じゃなくて、つっ・・連れがいるんです!!」
「連れ?いいじゃん、そんなのほっとけばさ」
有利は必死でその場から逃げ去ろうとしたものの、男2人がかりでつめよられては、抵抗しようがない。
おまけに、履きなれていないゲタで足を痛めているのだ。
有利は、心の中で強く彼の名前を呼び、ギュッと目を閉じた。
「「うわぁっ、つめてっ」」
男達の悲鳴が聞こえて、有利は目を開ける。
そこにいたのは、びしょ濡れになった男達、そして村田の姿だった。
「てめー、なにしやがる!!」
「僕の彼女に手を出すな!!」
彼にしては珍しく声を荒げ、自分に向かってくる男達にきっぱりと言い放つ。
そして、向かってきた男達を軽くかわし、有利のもとへと駆け寄っていく。
「渋谷、行くよ!!」
そう言って村田が差し出してきた手を握り締め、2人はその場から逃げ出していった。
「ありがとな、村田」
「気にしなくていいよ。彼女のピンチだったからね」
「彼女とか言うな!!」
「ねぇ、渋谷は結局何をお願いしたのさ」
「そんなの、教えられるわけないだろ」
「えぇ〜!!」
彼らは走りながら、いつまでも笑いあっていた。



2人でいられる時間がいつまでも続きますように。
そんな願い事をしたのは、誰にも内緒だ。
























お正月と言ったら、やっぱり晴れ着だろうと思いまして(笑
ナンパされる有利を助ける村田が書きたかっただけです。
その反対も面白そうですが(ぇ