しあわせ
うるさいほどに鳴り響くセミの声が、嫌に耳につく。
もう夏も終わりに近づいているというのに、一向にその気配が感じられなかった。
寒いくらいにクーラーがガンガンにきいた部屋で、渋谷勝利はパソコンと向かい合っていた。
妙ににやけた、締まりのない顔で見つめるその画面の先には、かわいらしい女の子の姿。
そして。
『勇者さまも物好きだねー。るぁちゃんの方がおっぱいおっきいよ?』
妖しい声。つまり今は、彼の崇高なる趣味の時間だったらしい。
(おっ、メールか?)
カチカチとマウスを動かしていると、鈍い電子音が聞こえてきた。
メールが届いたのだろうと思い、画面を切り換える。そしてそこには、確かに新着メールが1件あった。
だが、どうやらこれは自分宛のものではない。おそらく弟である有利宛だろうと、ぼんやりと考える。
携帯などの通信手段を持たない有利は、どうしてもという場合に限り、勝利のパソコンのアドレスを教えることがあった。勝利もそのことを知っていたので、たいして不思議には思わなかったのだ。
メールのことを伝えようと、大声で有利の名前を叫ぶ。
「おい、有利ぃー!!!ゆーちゃぁーん?」
しかし、何度呼んでも有利の返事はない。まさか弟に何かあったんじゃないかと、勝利は慌てて椅子から立ち上がる。
そこまでして、彼はやっと思い出した。
(今日は出掛けるって言ってたじゃないかよ・・・・)
はあっと大きい溜め息をつきながら、がくっと膝を折る。
有利のこととなると、どうにも冷静でいられなくなるのが、間違いなく彼の欠点の1つだろう。
立ち上がった勝利は椅子に座りなおすと、再びパソコンの画面へと目を移す。
そこにただ1件だけある有利宛の新着メールが、嫌に気になった。それはたぶん、このメールの送り主のせいだろう。
「村田健・・・・・か」
ただなんとなく考えていた名前を、無意識のうちに口に出してしまっていた。
勝利以外には誰もいなかったので、幸いにも気づかれることはなかったが。
何度か家に遊びに来たことがあって、いつも有利と楽しそうに話していて。でも、自分なんか数回目が合ったことがあるだけで、話したことなんてほとんどない。
それだけだったはずだ。自分にとっての、村田健という存在なんて。
(ごめん・・・・ゆーちゃん)
罪悪感にさいなまれながらも、勝利は興味本位からか勝手にメールを盗み見てしまう。
メールの文章に目をやると、勝利は少し考えこんだ。
この文章から察するに、村田はおそらく有利に好意をもっている。
このメールを見せてしまえば、2人の仲が進展してしまうかもしれない。
(このままじゃ、俺の愛するゆーちゃんが・・・)
勝利はすぐさまそのメールを消去すると
『弟宛のメールは預かった。無事に渡して欲しかったら、今すぐウチに来い』
なんて、脅迫まがいのメールを返信した。
“ピンポン、ピンポン、ピンポン”
けたたましい勢いで鳴らされるチャイムの音に苦笑しながら、玄関のドアを開ける。
そこには予想した通りの人物が、激しく呼吸を乱しながら立っていた。
ドアが開けられた途端に、ゼエゼエいいながら勝利のことを睨みつけてくる。
「あのっ・・・メールは・・どういうことっ・・・・ですか?」
「まあ、とりあえずあがれや」
息を乱しながらの途切れ途切れの台詞に、勝利は思わず笑いがこみ上げてきた。
村田を家の中へと招き入れると、そそくさと自分の部屋へと向かっていく。
その途中、
「・・・・・・・お邪魔します」
後ろからえらく不服そうな声が聞こえてきた。
「随分と早かったな」
部屋に入った勝利は、椅子へと腰掛けながら村田にどこか適当に座れと目で促す。
村田は辺りを見回すと、しぶしぶとベットの上に腰を下ろした。
「あんなメールが送られてきたんですから、当たり前ですよ。まったく・・・。ところで、ちゃんと渋谷に渡してくれるんでしょうね!?」
今にも飛び掛りそうなすごい剣幕で、村田が声を荒げる。
その様子に、勝利が小さく溜め息を漏らした。
「そんなに、有利が大事かよ・・・」
「はい?何か言いました?」
思わずポツリと零してしまった言葉にハッとする。
しかし、どうやら村田には聞こえていなかったらしい。
それをいいことに、勝利はまったく慌てた態度を見せずに、村田を馬鹿にしたような笑みを浮かべた。
「はぁ?俺は別に何も言ってないぜ。お前の耳がおかしいんじゃないのか?」
「つっ・・・つくづく嫌な人ですよね。友達のお兄さんって」
一瞬顔を引きつらせた村田だったが、すぐに余裕の微笑で返しでにっこりと対応する。
それになんとなくムッとした勝利は、村田に対抗せんとばかりに、にっこりと笑いながら彼のほうを向く。
その笑みに嫌な予感を感じた村田は、何を言われてもうろたえないようにと身構える。もちろん、笑顔のままでだ。
「そんなことないぜ、俺は人当たりのいい男だからな」
「つまりは、裏表があるってそう言いたいんですか?そうじゃないとしても、普通自分でそんなこと言いませんよね」
「なんだ、俺にかなわないからって僻みか?」
「そうですね。僕は、あなたのようにはとてもなれませんから。もっとも、なりたくもないですけど」
・・・恐らく、この場に有利がいたら泣き叫んでいるだろう。
2人は一見すると穏やかだが、その実まったく穏やかではなかった。
そのうえ、笑顔で言い争っているところがさらに恐い。
すると勝利が、やれやれといった溜め息をついた。
「はぁ・・・。このまま話しててもらちがあかねえなぁ・・・」
「それはこっちの台詞ですっ!!だいたい、あなたはなんのために僕を呼んだんですか!?」
勝利の呆れ返ったような態度に、村田もついに怒りをあらわにする。
というより、村田自身いくら嫌がらせのためだとしても、いちいち笑顔で対応するのがバカバカしくなってきたのだ。
「お前を呼んだわけ・・・ね」
村田がその話を振った途端、勝利が待ってましたとばかりの笑みを浮かべる。
静かに椅子から立ち上がると、村田のいるベッドへと近づいていった。
「ちょ・・・ちょっと、なんなんですか?」
その様子があまりにも今までと違い、村田は激しく動揺する。
ここから逃げたほうがいい。
そう、頭では分かっていても、体が動いてはくれなかったのだ。
勝利は村田の目の前で立ち止まると、悪戯っぽい笑みを向けた。
「お前、ゆーちゃんのこと好きなんだろ」
「―――っ!!?」
あまりにも意外な台詞だったのと、言われたことが図星だったのが重なり合って、村田は思わず息が詰まる。
頭が真っ白になって、何も考えられなかった。
勝利はそんな村田を楽しそうに眺めながら、彼の顎へと手をかける。
そしてそのまま、村田の唇と自分のものを、そっと重ね合わせた。
「・・・んっ・・・・・」
村田の口から、甘い声が漏れだす。
あまり抵抗が感じられなかったため、彼の口内へとあさっり舌を差し入れると、勝利はより深く、唇を重ね合わせた。
何度も何度も、角度を変えながらより深いところでの口付けを交わす。
飲み下しきれなくなった唾液が、口の端から流れ出た。
「ふっ・・・んん」
勝利が舌に軽く吸い付くと、彼が快感からか身震いをする。
その様子に笑いを深めると、もう1度、彼の舌へとせまっていった。
「んっ・・・はっあ・・・・」
長い口付けから解放してやると、村田はものすごい勢いで呼吸を繰り返す。
そうとう息苦しかったんだろう。
しかしある程度呼吸が整うと、村田は我に返る。
「なっ・・・ななな!!?なにしてっ・・・!?」
「お前、有利とこういうことしたいのか?」
かなり焦っている村田をよそに、勝利はかなり冷静だ。そのうえ、とんでもないことを質問してくる。
村田は何のことだかよく分からずに、首をかしげた。
「こういうことって・・・?」
「だから、ゆーちゃんとヤりたいのかってことだよ」
「はっ・・・!?」
まさかそんなことを聞かれるなんて思っても見なかった村田は、絶句してしまう。
どう答えればいいものか、必死に考える。
いやそもそも、その質問に答えるべきなのだろうか。
そんなふうに思っていると、勝利がイライラしたように声をかけてきた。
「どっちなんだよ。ヤりたいのかっ!?ヤりたくないのかっ!?」
村田を上から見下したような体勢で、勝利は下を見下ろす。
さすがにそんな体勢で、そんなことを言われれば、誰だって頭にくるだろう。無論、村田だって例外ではない。
ベッドから立ち上がると、下から思いっきり勝利のことを睨みつける。
「ああ、ヤりたいですよっ!!ヤりたいですともっ!!そんなの、男だったら当たり前でしょう!!!」
半ばヤケクソ気味に、勝利に怒鳴りかかった。
そしてそのままの勢いで、勝利を突き飛ばそうとする。
だが、さすがに村田の体格で勝利を突き飛ばすのにはむりがあった。
反対に、村田がベッドの上へと押し倒されてしまう。
「そんな非力でよく男を押し倒そうと思ったよな」
勝利は嘲笑うような言葉を投げかけると、村田をうつ伏せにしながら両手を押さえ込んだ。
村田はその痛みから、小さく悲鳴を上げる。
その辺にあったネクタイを無造作に掴み取ると、押さえていた村田の両手を縛り上げた。
「っ・・・!!あっあんた、なにするんだよ!?」
その苦痛から、村田がわずかに顔を歪める。
それでもなんとかネクタイを外そうともがきながら、勝利を怒鳴りつけた。
もうすでに、敬語を使っている余裕すらない。
勝利は後ろから村田を抱き締めるような体勢をとると、口元に薄っすらと笑いを浮かべた。
「年上には敬語を使えって言われなかったか?弟の友達くん」
実に楽しそうに言いながら、村田のズボンの中へゆっくりと手をしのばせる。
そして彼自身を、そっと握りこんだ。
「んぅっ・・・」
そのあまりにも鮮やかな手つきに反抗する暇もなく、村田は感じるままに声を漏らす。
そんな自分に気づいてハッとするが、手が使えないので口を塞ぐことも出来ない。
するとさらに強い快感が、村田へと襲ってきた。
「あぁ・・・はっ・・やめ・・・・」
「なんだ。やめて欲しいのか?」
彼のものを握りこんでいるだけだった手を、強弱をつけながら巧みに動かしていく。
勝利の手が動かされるたびに、痺れるような甘い快感が村田の中を走った。
「あっ・・たり・・・・んっ・・・まえだ!!こんなの・・・強姦じゃ・・ないかっ・・・・」
押し寄せてくる快楽の波に必死に耐えながら、今思いつく限りの精一杯の皮肉を口にする。
しかし、勝利はそれすらも予想通りといった感じで、さらに笑いを深めた。
「訴えたきゃ、訴えろよ。でもお前なんて言うんだ?男に襲われましたー。とでも言う気かよ?」
「なっ!!やっ・・・んぁ・・」
彼のものから溢れ出す蜜で濡れた手が、グチュグチュと卑猥な音を響かせる。
一見馬鹿にしているだけのような勝利の物言いは、かなり的を射ていた。
いくらこんな強姦じみたことをされていても、男が男に襲われたなんて、そんなこと訴えられる訳がない。
村田は反論することも出来ずに、ただじっと与えられる快感に絶えるしかなかった。
「ふぅ・・んっ・・・はぁ・・・・」
男に襲われているという屈辱感と、好きでもない人とこんなことをして感じてしまっているという惨めさが、村田の頭の中をぐるぐると駆け巡る。
しかし、勝利の愛撫はどんどんエスカレートしたものに変わっていく。
(なんか・・・俺のほうがヤバイかも・・・・)
歯を食い縛りながら、必死に声を押し殺している村田を見ていた勝利は、なんとも言えない妙な高揚感を感じる。
唾をごくりと飲み込むと、村田を一気に絶頂へと追い上げた。
「んぅっ・・・やめ・・・・やっ・・ああぁぁ!!」
さすがにそこまで高められると声を押さえることも出来ずに、低い喘ぎ声を漏らす。容赦ない勝利の指の動きに翻弄され、村田はその手の中に自分の昂ぶりを弾けさせた。
「っ・・・はっ・・はぁ、はぁ・・・・」
息を乱しながらぐったりとしていた村田の頭を優しく撫でると、勝利はそっと彼の両手を縛っていたネクタイを外す。
驚いて後ろを振り返った村田に軽く微笑むと、彼の耳元へ唇を寄せた。
「ごめんな」
「なっ・・・ちょっ!?」
勝利はひと言それだけ言って、部屋から去っていく。
村田はその背中に向かって手を伸ばしたが、その手が勝利に届くことはなかった。
「おい、始末終わったか?」
部屋に戻った勝利は、ベッドの上に座っていた村田にぶっきらぼうに声を掛ける。
村田は勝利を一瞥すると、大きく溜め息をついた。ゆっくりとベッドから立ち上がると、ドアのほうへと歩いていく。
そして何かを言おうと口を開きかけたとき、ガチャリとドアの開く音がした。
「ただいまぁ。あのさ、勝利ぃ〜・・・・?」
勢いよく階段を駆け上がり、勝利の部屋のドアを開けた有利は、目の前の光景がよく分からずに困惑する。
なぜ、勝利の部屋に村田がいるのだろう。それ以前に、なぜこの2人が一緒にいるのか。
もう全てがわからずに混乱していると、村田がにこやかな笑みを向けた。
「渋谷、そんなに混乱することないよ。渋谷に会いにここに来たんだけど、君がいないみたいだったから。それで、君のお兄さんがせっかく来てもらったからって、お茶をご馳走してくれたんだよ」
「そっ・・・そうなの?」
「あっ、ああ」
驚いたように勝利を見た有利に、曖昧に笑いながら返事を返す。
村田はその様子を見ると、もう1度有利に笑いかけた。
「それで、そろそろ帰ろうと思ってさ。渋谷の顔も見れたしね」
「おまっ・・・、そういうこと言うなっていってるだろ!!まったく・・・。帰るんだったらそこまで送って行くよ」
有利は顔を朱に染めながら、ドタドタと階段を駆け下りていく。
村田もその後を追って部屋から出ようとするが、その一歩手前で足を止める。
そして、勝利のほうを振り返ると、不敵な笑みを浮かべた。
「渋谷のことは諦めませんよ」
「っ!!」
バタン、と大きな音を立てて彼はこの場から去っていく。
1人残った勝利は椅子に腰を下ろすと、机へと突っ伏した。
(俺は、何をやってるんだよ・・・)
彼が自分を好きでないことも、有利のことを大切に思っていることも分かっている。
それなのに、好きな人に誤解されるような、ましてや嫌われるようなそんなことをして。
なにより、弟を口実にしか近づけないなんてどれだけ情けないんだろう。
「・・・・・・ふっ」
自嘲気味の笑いを浮かべると、彼の出て行ったドアを目に移した。
「幸せなんて・・・・所詮偽りだったってことか」
ドアを見つめながら、ポツリと言葉を漏らす。
それからどのくらいの時間がたっただろう。
一息ついて椅子から立ち上がろうとしたとき、鈍い電子音が鳴った。
(なっ、なんだ!?メールか?)
あまりメールを見る気にもなれなかったが、急ぎの用だったら大変なのでとりあえずそれを開く。
「なんだあいつ・・・馬鹿か」
それを目にした途端、勝利が穏やかな笑みへと変わった。
『僕は渋谷を餌にしなくったって、あなたの勝負から逃げたりしませんよ。あなたと違って、臆病者じゃありませんからね。だから、勝負のメールならいつでも受けて立ちますよ。ではまた、お友達のお兄さん』
幸せなんて偽りだと思っていた。
でも、本当はそうじゃなかったのかもしれない。
胸に残るこの気持ちは、真実だと信じられるのだから。
初村田受け話です。
勝村ってマイナーなんでしょうか?
お友達の秋葉さんから、ネタを提供して頂きました。
ちなみに、勝利の趣味の一文も彼女からです(笑
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