テレビの音がするだけの静かな部屋。
有利は手に持ったリモコンを操作しながら、映し出される画面を次々に変えていった。
どの番組も面白く感じられなくて、思わず溜め息が漏れる。
しかたなくテレビの電源を切ろうとしたその時、ふとその手が止まった。
泣き声が聞こえる―――?
微かな声が聞こえてきて、画面へと目を移す。そこで目にしたのは、泣いている女の姿と、謝り続ける男の姿だった。
有利はその二人の様子を食い入るように見つめながら、画面端に小さくある文字を見付ける。
「浮・・・・・気」
思わず口に出してしまいながら、胸に僅かな痛みを感じた。
ある意味これは自然なことなのかも知れない。好きになって付き合った人がいたとしても、それでもまた人は誰かを好きになる。永遠の愛を誓い合ったって、人は誰かを好きになることを止められない。その度に傷つき、傷つけられる。
それなのになぜ、人は人を愛するのだろう。
好きの気持ち
「・・・・・かなぁ」
机の上で手をバタバタとさせながら、落ち着かない様子で有利がなにやらボソッと呟く。
村田は今までしていた作業を止め、有利のほうに怪訝そうな顔を向けた。
「人が何だって?」
「え!?」
まさか聞かれているとは思っていなかった有利は、驚いたように声を上げる。
それを見た村田が、ちょっと困ったように微笑んだ。
「今、人がどうとかって言ってただろう?」
「うっ、うん・・・」
「どうかしたの?」
「いっイエ、大賢者様に気にして頂くようなことデハ・・・・・」
村田に言葉を追及された有利は、声を上擦らせながら、あたふたと慌て始める。
その様子から有利がそのことを言いたくないのは明白だったが、だからこそ村田は知りたかった。有利が、何を言ったのかを。
「渋谷」
村田は恐いくらいの笑顔でにっこりと有利の名前を呼ぶ。
実際、有利にはその笑顔がとてつもなく恐かった。なにしろ、目がまったく笑っていないのだ。
「何を言ったんだい?」
口調こそ普段と変わらないものの、声色が全く違う。
村田は自分がこういう態度をとれば、基本的には小心者の有利は、確実に話すだろうと確信していた。
少しずるいような気もするが、さっきの有利の台詞がどうしても気になったのだ。
「わわわかったよ、話す!!話すからっ!!!」
案の定、村田の策略にまんまとハマった有利は、渋々と喋り始めた。
「・・・・・・こないだ、テレビを見たんだよ」
「テレビ?」
「うん、見たっていうか、たまたま目にしたっていうか・・・それで、女の人が泣いてたんだ。付き合ってる奴に・・・・・浮気されたって」
「・・・・・・」
悲しんでいるのか、怒っているのか、あるいは落胆しているのか。
顔を俯かせているため、有利の表情から読み取ることは出来ない。
村田はただじっと、彼の言葉を待った。
「相手の奴がさ、謝ってたんだ。そりゃーもう必死に・・・・最初は、謝るぐらいならそんなことすんなよって思ったんだ。だけど・・・」
有利はいったん一呼吸置くと、俯かせていた顔をゆっくりと上げる。そして、自分と同じ漆黒の瞳をじっと見据えた。
「人が人を好きになることは当たり前だろ!?付き合ってる奴がいたって、人を好きにならないわけじゃない。だから、浮気だのなんだのって・・・・・傷付くことになるんだ!!それなのに、それが分かっているのになんで!?どうして人は人を好きになる!!?いっそのこと、人なんか好きにならなければいいんだ・・・みんな平等で、そうすれば傷付くこともないじゃないか・・・・・・」
間を置かずに一気に喋り終えた頃には、呼吸は激しく乱れ、息が切れ切れになっていた。
有利は呼吸を整えながら、膝の上の拳をギュッと握り締める。
不安だったのだ。こんなことを言ってしまって、村田に愛想をつかされてしまわないか。好きだと言ってくれた村田を、傷付けてしまったんじゃないか。
「・・・そうかも知れないね」
するとそれまで黙っていた村田が、静かに口を開く。その目線は、有利ではない別のどこかを見ていた。
「そうなのかも知れない。誰かを好きになる度に、傷付き傷付けあう。いっそのこと、好きにならなければよかったと、思うこともあるかも知れない。だけどね、渋谷。決して、それだけじゃないと思うんだ」
村田は有利に視線を戻すと、ふわりと、優しく笑いかけた。
「僕は今、幸せだよ」
「!!」
その言葉に、有利は息が詰まりそうになる。
先の未来のことではなく、共に過ごしている今この時。
「確かに特別な思いを持つことは、つらくもある。だけど、それだけじゃないはずだろ?君を好きになれたこと、一緒に過ごした時間。何よりも大切で、僕にとってかけがえのないものだ。たとえ傷付けられ、いっそのこと、出会ったことすら忘れてしまいたいと願っても、本気で忘れたいとは思わないよ。だって、君と過ごした幸せなときは、ちゃんと存在しているんだからね」
村田は椅子から立ち上がると、一歩一歩有利に近付いていく。そして、有利の傍ですっとしゃがみ込んだ。
有利の瞳に、村田の力強い姿が映りこむ。
握り締められた拳の上に、そっと自分の手を置きながら、村田は切なげに目を細めた。
「渋谷はどう?やっぱり・・・・・僕なんかとは出会わなければよかったって思う?」
「・・・・・・っ」
有利の目に、いままで塞き止められていた熱いものが込み上げてくる。
ガタン、と大きな音を立てながら、有利は村田に飛びついた。
「そんなことないっ!!おれも・・・おれもっ、幸せだから!!村田と会えて、よかったからっっ!!!」
「渋谷・・・」
村田は、小さく嗚咽を上げながらしがみついてくる彼を、そっと抱き締める。
「っ・・・・うっ・・・」
そしてしばらくの間、有利の泣き声が止むことはなかった。
有利はあんまりこういうことで悩みそうもないんですが。
でも、恋に悩む有利もたまには可愛いんじゃないかと(笑
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