ここは、とあるマンションの103号室。
その部屋の前に、2人の青年が対峙していた。
もちろん、どちらもこの部屋の住人ではない。





  協同戦線





2人のうちの1人、緑の髪にサンバイザーがよく似合うほうの彼が、だんっと勢いよく相手に詰め寄る。

「ボクのが先に来たんだから、雅紀先輩は引っ込んでてよ!!」

可愛らしい顔を歪めながらサンバイザーくんが怒鳴ると、赤髪の彼―――雅紀は、ふんっと鼻で笑った。

「細かいことで、きゃんきゃん喚くな。そんなんだからお子様だって言われるんだよ、颯太は」

雅紀が冷ややかに、サンバイザーくんもとい颯太を見下ろすと、怯んだようにむむっと押し黙る。
しかしだからと言って、このまま引き下がるわけにはいかない。
颯太は負けじと、必死に言葉を絞り出した。

「剣之助だって、先輩なんかよりボクのがいいに決まってるじゃん!!」
「颯太みたいなお子様より、オレのがよっぽどいいと思うけど?」
「お、お子様、お子様言うなーっ!!!」

颯太が今にも掴み掛かりそうな勢いで雅紀に詰め寄ると、雅紀はやれやれと深い溜め息を吐く。
向かってきた颯太の頭を、軽く片手1本で押さえ込んだ。
その為颯太がジタバタと暴れてみてもどうにもならず、睨むように雅紀のことを見据える。
その顔はいかにも颯太を小馬鹿にしたような、不愉快極まりない笑みを浮かべていた。

「こっのー・・・」
「ん、なに?まだ諦めてないわけだ」
「当然なこときかないでよ!!」
「はぁ・・・こんなのにつかまっちまって、橘はさぞ大変だろうな」
「それはこっちのセリフだよ!!」

普段の彼らからは全く想像出来ないこの不毛な言い争いは、かれこれ10分近く続いていた。
そもそもこの言い争いの原因は、どちらがこの部屋の住人、橘剣之助を訪ねるかという、非常にくだらないものである。
単純に2人で行けばいいだけの話しにも関わらず、それでは納得出来ないらしい。
そんなこんなで、再び戦いの火蓋が切って落とされようとした時、
 

「おー、雅紀と颯太じゃないか。何してるんだ、そんなとこで」
 

なんとも間の抜けた、のんびりした声が掛けられた。
彼はにこにこと雅紀たちに近寄ってくると、両手一杯に抱えたスーパーの袋をどさっと床に下ろす。

「鷹士さん・・・買い物ですか?」

それを見ながら、やや呆然として雅紀が尋ねる。
すると彼、鷹士はちょっと照れくさそうにはにかんだ。

「いやぁ、ちょっと買いすぎちゃって。妹の好きそうなのが結構あってさ」
「そ、そうですか・・・」

幸せそうに語る鷹士に、雅紀が多少引きつった笑顔で答える。
颯太もパンパンに膨らんだそれを、感心したような、驚いたような、よく分からない顔で見つめていた。
そんな2人を知ってか知らずか、鷹士がそういえば、と軽く小首を傾げる。

「お前ら、こんなとこで何してるんだ?ここって、剣之助の部屋の前だろ」

鷹士は表札を見て、次いで雅紀と颯太を交互に目にうつす。
まさか言い争っていたなんて言えるはずもなく、颯たはおたおたと視線を彷徨わせる。
それを尻目に、雅紀はにこっと人当たりのよい笑みを浮かべた。

「オレたち橘と一緒に散歩でも行こうと思って、誘いにきたんですよ」

うぇっと、危うく声に出しそうになって、颯太は慌ててそれを押し止める。
驚いて雅紀を見上げると、颯太に向かって意地悪く口の端を吊り上げた。

(こっ、この人って、絶対人としてどうかと思うっ)
心中で憤慨するも、そんなこと本人には言えない颯太である。

一方雅紀は何事もないように、相変わらず鷹士とにこやかに会話を続けていた。

「へぇ、散歩って犬のだろ。よく3人で行くのか?」
「そういうわけじゃないんですけどね。颯太と2人だと、いろいろ大変ですから」
「大変?」
「お子様の相手するのも疲れるんですよ」

そう言いながら、雅紀は冗談っぽく笑う。
だが颯太には、それが冗談でないことくらいわかっていた。

「だからボクはお子様じゃないってば!!」

さっきと同じことを言われて、颯太はまたも雅紀に突っかかる。
しかし雅紀はあの時とは打って変わって、人畜無害な微笑を浮かべながら、颯太の頭をポンポンと叩いた。

「そんなに怒るなよ。悪かったって」
「うっ、うん・・・」

嘘だとわかっていても、そんなことをされたら颯太だって1人でプリプリしている訳にはいかない。
渋々といった感じで、小さく頷いた。
一見仲の良さそうな2人を見て、鷹士が感嘆するように呟く。

「相変わらず仲が良いんだなぁ、2人は」
「まあ、ほどほどですよ」
「そうそうっ」
「そうか?」
「ええ」

頭にハテナを浮かべながら困惑する鷹士を見つつ、雅紀は小さく溜め息を落とす。
そろそろ彼の相手をするのも面倒臭くなってきた。
そんな思いをさとられないよう、あくまでにこやかに話す。

「鷹士さん、そろそろ戻らなくていいんですか?」

雅紀の思いなど露知らず、そう言われた鷹士はハッとする。

「えっ、ああ。そうだな」

そういえば、随分と話込んでしまったかも知れない。
鷹士は最初と同じように、2人に向かってにっこりと笑い掛けた。

「じゃあ、俺はもう行くな」

よっこいしょと床に下ろした袋を持ち上げ、ふと視線を上げる。
と、鷹士の目にあるものがうつった。

「あっ!!」

突然大声を上げた鷹士に、やれやれと胸を撫で下ろしていた雅紀の体がびくっとなる。
颯太が不思議そうな顔で、鷹士に声を掛けた。

「どうしたの?鷹士さん」
「え?ああ、悪い。ちょっと、思い出したことがあってさ」
「思い出したって、買い忘れでもしたの?」
「いや、お前らってまだ剣之助の部屋に行ってないんだよな?」
「え?」
「確かにまだ行ってませんけど、それがどうしたんですか?」

いつの間に落ち着きを取り戻したのか、雅紀が会話に加わってくる。
鷹士は重たそうに、両手の袋を抱えなおした。

「いや、さっきな。買い物に出る前なんだけど、剣之助に会ったんだよ」
「剣之助に会ったの!?」

勢い込んで訊いてくる颯太に、鷹士は小さく苦笑する。

「会ったっていうか、見掛けただけなんだけどな」
「それが何か?」

多少イラっとしながら、雅紀が訊き返す。
だが鷹士は、変わらずのんびりと答えた。

「それで声を掛けようとしたら、先生の部屋に入ってちゃって」
「なっ・・・」
「えっ・・・」

その言葉に、雅紀と颯太は揃って驚きに目を見開く。
お互い以外の、思わぬ伏兵が潜んでいた。
『先生』の存在を失念していたことに、舌打ちでもしたい気分だ。

「あの不良教師・・・剣之助に手出ししたら許さないからね」
「オレのものに手を出そうなんて、いい度胸してるじゃん」

あらぬ方向を見つめながらぶつぶつと呟く彼らからは、負のオーラが立ち上っている。

「いやぁ、思い出してよかった・・・って、どうかしたのか?」

さすがの鷹士もそれに気付いたのか、怪訝そうに2人を見つめる。

「いや、なんでもないですよ」
「うんっ、教えてくれてありがとう」

雅紀のことを散々言いながら、颯太も見事な変貌振りで鷹士に笑い掛ける。
鷹士は少し考えるように頭を捻るも、自分を納得させるようにうんうんと頷いた。

「そっか、ならよかったよ。じゃあ、今度こそ本当に帰るな」
「はい、ありがとうございました」
「うん、じゃあねー」

荷物をもう一度抱え直して笑顔で去っていった鷹士を、これまた2人も笑顔で見送る。
そうしてその場に残された雅紀と颯太は、それぞれ深い溜め息を吐いた。

「ねぇ、雅紀先輩」

ポツリと、呟くように颯太が言う。
その声は悪戯を思いついたような、楽しそうな響きを含んでいた。

「なに?」

雅紀は無表情に、ただ真正面を見つめている。颯太のほうを振り返りもしない。
だが、颯太はさしてそれを気にする様子はなかった。

「このままじゃ、ちょっとやっかいだと思わない?」
「なにが」
「剣之助。あの不良教師のことだもん。もう手ェ出してるに決まってるよ」
「・・・一時休戦ってわけか」
「さっすが、雅紀先輩!!話が早いね」

颯太が楽しそうに言うと、雅紀が視線を下に向ける。
ふっと、優雅に微笑んだ。

「よろしく頼むぜ、ソータくん」
「ボクのほうこそね、雅紀センパイ」

ここに剣之助奪還同盟が組まれ、静かな廊下には2人分の怪しい笑い声が響いていた。








  *   *   *   *   *








「へっくしゅっ!!」

若月の盛大なくしゃみの音に、剣之助が僅かに顔を顰める。

「先生、風邪でも引いたんスか?」
「さあな」
「保健医が風邪引いてりゃ世話ないっスね」
「へっ、そんなもん引くときゃ引くんだよ」

大人げなくも拗ねたように言う若月に、剣之助はやれやれと苦笑した。
そこでふと、なにやら外が騒がしいことに気付く。
部屋の中まで聞こえてくるのだから、相当な大声を張り上げているのだろう。
もともとの性格ゆえか、何かあったのではないかと心配になって、いてもたってもいられなくなる。
立ち上がろうとしたその時、若月にがしっと押さえ込まれた。

「何処に行こうってんだ、剣之助くん?」
「ちょっ、外の様子を見に・・・」
「病人のオレ様をほっぽってか?」
「あ、あんた病人じゃないんだろ!?」
「いーや、れっきとした病人だぜ。もちろん、手厚く看病してくれるんだよなぁ?」

にやっと妖しく笑い掛けられ、剣之助は嫌な予感がした。
ぶわっと、全身に嫌な汗が噴出す。

「このっ!!離しやがれっっー!!!」

必死の抵抗もむなしく、剣之助が外の様子を見に行くことは叶わなかった。















兄が真っ白すぎて、イチバン驚いているのは私です(ぇ
反対に颯大くんと雅紀くんが若干?黒めになりました。
仲が良く見えても、実際は水面下で若の奪い合いをしてたらなぁな妄想。
ラスボスは若月さんで!