綺麗な月夜だった。
夜空に浮かぶ月は思わず目を瞠るほどで、その周りには数多の星たちが輝いている。
なんだか感傷的な気分になっている自分を察して、彼は小さく忍び笑った。
願い事
薄く射し込める月明かりに、男2人分のシルエットが映し出される。
屋上を囲んでいるフェンスに寄りかかるようにして、彼らは頭上を見上げていた。
「綺麗っスね・・・」
ほぉっと感嘆するように息を吐いて、剣之助はこれでもかというほど頭をあげる。
一方雅紀はそれに同意するでもなく、ただじっと輝く闇夜を見つめていた。
それに気付いた剣之助が、雅紀に視線を移し不安そうに尋ねる。
「先輩、もしかしてつまんないっスか?」
「別にそんなことないけど。何で?」
「いや、なんか俺ばっかはしゃいでるっていうか・・・」
言ってから恥ずかしそうに顔を俯かせ、剣之助は雅紀の様子を窺うようにチラリと目を向ける。
その様子がなんとも可愛らしく見えて、雅紀はくくっと笑い声を漏らした。
「なっ、なに笑ってるんスか!?」
「あまりにも橘がガキっぽいから」
「がっ・・・!!?」
「なんだ、あんた自覚なかったの?」
心とは全く別のことを口にして、ふふんと馬鹿にするように鼻で笑う。
剣之助は唖然としたように大きく目を見開き、次いで盛大な溜め息を吐いた。
雅紀を睨むように一瞥して、ふいっと顔を背ける。
怒らせたかと思って雅紀がそっと彼の顔を窺うと、しかし特に怒ったふうでもなく、口元には微笑を浮かべてさえいた。
分からない奴だ。
出会ってから何度目か分からない疑問を思い浮かべ、雅紀も剣之助と同じ方向へと視線を移した。
「今日は七夕だから許してあげるっスよ」
唐突に、剣之助がポツリと呟くように言う。
雅紀にさっきと同じ疑問が浮かび、訳が分からないというように頭を振った。
「あのさ、もっとわかりやすく言えないのかよ」
「まあ、別にいいじゃないっスか」
雅紀の迫力など意に介した様子もなく、剣之助は無邪気な笑顔を見せる。
彼がこんなふうに、年相応の笑みを浮かべることは滅多にない。
そんなに七夕が好きなのかと、雅紀は彼のことがますますわからなくなった。
「織姫と彦星は会えたっスかねー・・・」
「はぁ!?」
本当に、今日の剣之助はどこかおかしい。
こんなにロマンチックな奴だっただろうか。
雅紀の訝しげな視線に気付いたのか、剣之助は困ったように苦笑した。
「そんなにおかしいっスか?」
「ああ。自分でもそう思わないか?」
「そんなはっきり言わなくてもいいんじゃ・・・」
さらに苦笑を深め、剣之助はどっしとフェンスに体を投げ出した。
「ずっと憧れだったんスよね。織姫と彦星が」
「憧れ?」
こくりと、どこか子供っぽい仕草で剣之助が頷く。
「俺、恋愛とかそういうのには興味なかったけど、なんとなく気になったんスよ。年に1度しか大切な人と会えないって、
どんな気分なのかなって」
「・・・橘でも、そんなこと考えるんだな」
「まあ、ガキだったし。家族と年に1度しか会えなかったら、とか考えてただけだと思うんスけど」
少し照れくさそうに笑った剣之助を、雅紀は静かに見つめる。
剣之助は投げ出した体を、ぐっと伸ばした。
「それで、なんとなく思ったんスよ。家族でも何でもなくて、それでも大切な人がいて。
年に1度しか会えなくたって、ただその人だけの為に生きられるのって凄いなって。
恋愛とかそんなんじゃなくて、まあ俺も、そういう人が出来ればいいな、とか子供心に思ってたんスよ」
「それで憧れ、か」
剣之助に、というよりは、雅紀は自分自身に言い聞かせるように言葉を落とす。
それで珍しくも、星を見に行こうなどと言い出したのか。
雅紀はこの頭上の何処かにいるだろう織姫と彦星を思って、からかうように笑った。
「でもいいのか。そんな憧れの日に、オレなんかと一緒にいて」
「はぁ?当たり前じゃないっスか」
「え?」
あっさりと肯定の答えが返ってきて、質問した雅紀のほうが面食らってしまう。
そんな雅紀を見た剣之助が、呆れたように溜め息を吐いた。
「まったく、何考えてんスか。先輩が俺にとってのその人だから、一緒に見に行こうっていったんスよ?」
普段ちょっとしたことでもすぐに赤くなるくせに、何故こういうことは素のままで言えるのか。
雅紀は剣之助の澄んだ瞳を見つめながら、ふっと皮肉げに口元を歪めた。
「こんなオレに1度会うために、生きてくれるのかよ」
「そうっスね。先輩のために生きるのも悪くないと思うっスよ」
「っ・・・」
すごい殺し文句だ。
そう思い、柄にもなく顔が火照りはじめてくる。
今が暗くてよかったと安堵しながら、雅紀は内心の動揺を悟られないよう、からかうような調子のまま続けた。
「なら、橘がそうならなくてもいいように、彦星さまたちにでもお願いしとこうか」
冗談のような口調に、本気の言葉を雑ぜて。
多分、自分は耐えられない。
やっと見つけた、本当の自分と対等に話してくれる存在を。
好きだと言ってくれる彼と。
年に1度しか会えないなんて。
そんな雅紀を知ってか知らずか、剣之助はふわっと微笑んだ。
「それなら大丈夫っスよ。俺は先輩と別れるつもりはないし、先輩もそう思ってくれてるって信じてるし」
「たち、ばな・・・」
本当にわからない。
いつだって、予想外のことをして、言ってくれる。
雅紀はふっと微笑むと、ちょいちょいと剣之助に手招きをした。
「なんスか?」
「だったら、こんなお願いはどうだ」
手招きに引き寄せられるように、顔を近づけてくる。
雅紀は困惑する剣之助の唇に、そっと口付けを落とした。
願い事なんかに頼らなくても、ずっと側にいるという証を籠めて―――。
若が乙女になりすぎた七夕ネタ。
本当は格好よくを目指していたはずなのに、ただの乙女チック症候群・・・(滝汗
織姫さんと彦星さんは、私の勝手な解釈ですよー。
|