ふと頭上を見上げると、低い音を立てて飛行機が横切って行く。
見るともなしにぼんやりと見詰めながら、小さく息を吐いた。
(あーあ。僕と君だけの世界、そんなものがあればいいのに)
何処までも2人
珍しくも誰もいない、昼休みの閑散とした屋上。
なんとなく足を運んで、偶然にも2人きりになった。
別に示し合わせたわけじゃないけど。
なんとなく。ここにくれば会えそうな気はしてたのかも。
「どう、したの?」
優しい声に誘われて、ゆっくりと視線を落とす。
オレは意識して、へにゃりと崩した笑みを浮かべた。
「いやー。どっか行きたいなぁって」
一緒に。
そう言ったら、君はどうするだろうか。
多分、笑って頷いてくれるということは間違いない。
え?自惚れだって?
いやいや、そんなことないよー。
だって、三橋ってそういうやつじゃん。
だからこそ、その言葉は伝えずに飲み込む。
言ったところで、虚しいだけだから。
ちょいちょいと、突然三橋がシャツを引っ張ってくる。
ああもう、可愛いすぎ。
・・・これ、オレ以外の奴にやってないよね?
「あ、あのっ」
「なーに、三橋」
「オレ、えと・・・水谷君とだったら、いいよ」
「へっ?」
「何処でも、行くよ?」
「うぇっ!?」
あまりにも驚きすぎて、可笑しな声が漏れる。
だってだって、オレ口に出してないのに。
三橋は時々、凄く人の気持ちに敏感だ。
自分に向けられる好意というものには鈍感で。
それ以外の、淋しいとか哀しいとか。
得てして人が押し殺してしまいがちの、それ。
そういうのを感じ取って、まるで自分のことのように泣くんだ。
きっと今だって。
気付いちゃったのかな、オレの気持ち。
んー・・・なんとなく複雑かも。
何処でも行くという言葉を疑ってるわけじゃない。
紛れもなく本心なんだろう。嘘をつける性質じゃないし。
だからこそ、イラっとする。
オレはにこにこと笑いながら、三橋のことを見詰めた。
「ホントにー?」
「うんっ」
「そっか。野球が出来なくなっても?」
「ふぇ・・・?」
「オレが、三橋を野球が出来ないとこまで連れてくって言っても?」
そう、告げると。
三橋の動きが、ピタリと止まった。
自分でも、意地悪いこと言ってるなぁっていう自覚はある。
けど、止まんなかった。
これじゃ、オレと野球のどっちかを選べって言ってるようなもんだよ。
そんなんじゃなくて、オレはそんなことが言いたかったんじゃないんだ。
早く冗談だよって、軽く流さなきゃいけないのに。
こういう時に限って、いつもの笑顔が浮かべらんない。
きっと三橋は傷付いてる。
そう思っていたのに、違った。
静かにゆっくりと、君は僕に向かって微笑んだんだ。
「行く、よ」
心臓が、止まるかと思った。
あまりにも予想外な台詞と、あまりにも綺麗な笑顔と。
それから――――
「水谷君がいれば・・・野球、出来るよ」
それは少しくらい、本当に自惚れてしまってもいいのだろうか。
“あいつ”がいなくても、オレがいれば野球は出来るって。
君にとっての絶対で、だけど“あいつ”の存在は絶対じゃないって。
そう思っても、間違いじゃないってこと?
「いい、の?オレでホントに?」
らしくもなく、声が震える。
そんなオレに、三橋はいつものようにフヒっと嬉しそうに笑った。
「うんっ。水谷くんが、いいよ」
「っ、三橋!!」
叫んで、オレはそのままの勢いで三橋に抱きつく。
ぎゅうっとその身体を抱き締めると、心が満たされていくのを感じた。
約束をしよう。
また明日、ここで会おうって。
もう別に、何処かに行く必要なんて全くないんだし。
(だって君と僕がいれば、そこが2人の世界だってわかっちゃたもん)