一緒に



まずいな、とは思っていた。
昼間は真っ青だった空も、だんだんと曇りはじめてきて。
電車から降りたときには、完全に本降りになっていた。
天気予報では1日晴れだと言っていたから、傘はもちろん、折りたたみですら持っていない。
一緒に帰ってきた同僚も自分と同じらしく、隣から小さな溜め息が聞こえてきた。


「花井、カサ持ってる?」
「いや。天気予報じゃ晴れるって言ってたしなぁ」
「だよね・・・」


2人揃って、困ったように空を見上げる。
タクシーにでも乗って帰るか、それともこの豪雨のなかを走って帰るか。
でもびしょびしょになって帰ったら、きっとあの子を心配させてしまうだろうし。
うーんと低く唸りながらどうしようかと思っていると、栄口がにこりと笑みを浮かべてきた。


「もしかしたら止むかもしれないしさ、どっかで雨宿りでもする?」
「雨宿り、か・・・」
「給料日前でサイフは厳しいけどね」


苦笑しながら告げる栄口に、まったくだとやはり苦笑いを返す。
確かに突発的な豪雨かもしれないし、それもいい考えだと思う。
思うのだが、それを渋ってしまうのは早く家に帰りたいからだろうか。

ふんわりと、心があったかくなるような。
あの笑顔が、早く見たい。

一瞬で頭が彼のことで一杯になってしまい、どうしよもなく顔が見たくなってしまった。
どんなに一緒にいたって、タリナイと思ってしまう自分は末期かもしれない。


「わりぃ、栄口。やっぱりオレ帰るわ」
「帰るって、ああ。タクシーとか?」
「あー・・・歩いてく」
「あっ!?この雨のなか!!?」


驚く栄口に、軽く頷いてみせる。
心配してほしいからなんて、口が裂けても言えないけど。
じゃあと片手を上げて、一歩足を踏み出したそのとき、


「梓、くんっ」


聞こえるはずのない、けれど聞き間違えるはずのない声が、運ばれてきた。
激しい雨の音に掻き消されることもなく、はっきりと届いた声のほうへと顔を向ける。
ぱしゃぱしゃと水飛沫を飛ばして嬉しそうに駆け寄ってくる彼の姿に、大きく目を見開いた。


「れ、ん?」
「梓くんっ!」


満面の笑みで名前を呼ばれて、顔が自然と緩んでくる。
けれど何故こんなところにいるのか分からなくて、花井は驚いたように声を掛けた。


「おまっ・・・どうしてここに?」
「雨、降ってきたか、ら。あの・・・」
「ん?」


はにかんだように笑いながら、おずおずと何かを差し出してくる彼の手元を見れば、そこには真っ黒い大きな傘。
なるほど、それでわざわざ、この豪雨のなかを迎えにきてくれたのか。


「ありがとな、廉」


甘い甘い蕩けるような笑みを向けた花井に、彼はふひっと笑って。
そんな2人を見ていた栄口は、あまりの衝撃的な光景に呆然としていた。


「おい、栄口」
「えっ!?あっ、はい。なに?」
「お前、なに動揺してんだよ?」
「や、やだな。そんなことないって」


お前があんな見てるほうが恥ずかしくなるような顔で笑ってるからだろうが!
そんな思いを笑顔の裏にさらりと隠して笑いかけると、花井は怪訝そうな顔をしながらも、栄口にほらとそれを差し出してきた。


「・・・カサ?」
「おう。なくて大変だろ?」
「え、でもそれ花井のでしょ」


そのためにあの子が持ってきたんじゃないのか。
けれどよく見ると、それは空のようなキレイな青色の傘で。
確か花井が渡されていたのは、黒い傘ではなかっただろうか。
つまりこれは、


「オレは廉の持ってきてくれたカサで一緒に帰るから」


恥ずかしげもなく、堂々と相合傘宣言をされてしまう。
ポカンとしている栄口に無理やり傘を押しつけて、花井はばさっと自分の黒傘を広げた。
彼のほうを振り向いて、手を差し出す。


「廉、帰るぞ」
「う、んっ!」


大きく頷いて、彼は花井の隣に立つとその手をぎゅっと握り締めてくる。
互いに見詰め合って照れたように笑いあいながら、花井が栄口にむかって片手を上げた。


「じゃあな、また明日」
「さ、よなら」


栄口が返事をする間もなく、ぱしゃぱしゃと二重の足音とともに歩き出す。
小さくなっていく同僚の後ろ姿を見送りながら、栄口は小さく息を吐いた。


「・・・失敗した」


苦虫を噛み潰したように、顔を顰める。
あの幸せそうな、だらしなく弛みきった顔を写真にでもおさめておくべきだった。
笑いの種にでもしなきゃ、やってられないっていうんだ。
栄口は大きな溜め息とともに、青色の傘をばさりと開いた。













気持ち的には新婚パロです(笑
お約束の相合傘でいってみました。
名前で呼び合う2人が書けて、個人的には大満足だったり。