空腹のお時間


本日も無事に楽しくも辛い練習を終え、くたくたになった体を引き摺る様にして部屋へと雪崩れ込んでいく。
近くのものと適当に喋りながら、のんびりと着替えていると。

きゅるきゅるきゅー。

なんとも不思議な音が、部屋のなかに響き渡った。
なんだなんだと騒いでいたのも一瞬で。
すぐに事情を理解した西浦ーぜは、わらわらと彼の周りに集まった。

「腹減ったのか、三橋?」

彼の隣にいた田島が、顔を覗き込みながらすかさず問いかけてくる。
すると三橋は恥ずかしそうに顔を染めながら、こくんと小さく頷いた。

「う、うん。ごめんね・・・」
「べっつに三橋が謝ることなんてないぞ」
「そうだよ。オレたちだって、皆おんなじだから」

ね?とにっこり笑顔で問いかけられ、西浦ーぜは凄い勢いで何度も頷く。
この野球部で生きていたかったら、この人にだけは逆らってはいけない。
愛しいエース様以外の、密かな暗黙の了解である。

「おい、クソレ」

三橋から少し離れた場所に立っていた阿部が、クソレもといクソレフト水谷に呼びかける。
こういうとき真っ先に彼の傍に飛んで行きそうなのに、静かなのが逆に怖い。
そんな心中知ってか知らずか、水谷はいたっていつも通りだ。
むっとした表情で、阿部に食ってかかる。

「だから、クソレって言うなってば!!」
「んなこたぁどうでもいいんだよ」
「ど、どうでもいいって・・・」
「お前食いもん持ってるか?」
「へー?」

問われて、水谷はちょっと考える。
多分三橋にあげられそうなものは持っているか、ということだろう。
もちろん普段なら持っているものの、生憎と今日は昼飯分しかなかったのだ。
眉を下げて、はぁっと溜め息を吐いた。

「今日は持ってないんだよねぇ」
「やっぱつかえねぇな」
「なぁ!?」

確かに三橋用のお菓子を持ってこれなかったのは不覚だと思うけどっ。
自分でも馬鹿だったと思うけどっ。
それを阿部に言われる筋合いはどこにもないんですけどー!!?

とそんなことを水谷が心のなかだけで憤慨していることなどお構いなしに、
阿部はお前らは?と他の者に目を向けた。


「あー、オレも持ってない」
「オ、オレも・・・」
「ごめんね、オレもだ」
「オレも全部食っちまった・・・」
「わりぃ。オレもだわ」

申し訳なさそうなメンバーが次々に三橋に謝っていき、彼は慌てて首が取れそうな勢いでぶんぶんと頭を振る。
自分を囲んでいる皆を見回して「大丈夫だよっ」と、にこっと笑みを浮かべた。

(((( はうっっっ ))))

その笑顔に、一同ほわわわぁと見事にノックアウト。
胸キュンしてしまった彼らは、ぐりぐりと三橋の頭を撫で回した。
そして自らの失態を恥じて今後は何があろうと、
彼のためのお菓子を常備しておくことを固く心に誓ったのだった。

「で、お前は?」
「・・・・持ってないよ」

阿部に目を向けられ、栄口が忌々しそうに吐き捨てる。
今日は朝からドタバタしていて、どうしてもそれを用意することが出来なかったのだ。
誰かしら持っているだろうと踏んでいたのだが、今日に限ってこの有様だ。
なんたる失態であろうか。
栄口が鬼の形相でちっと舌打ちしたのに対し、阿部はにやぁっと口端を吊り上げた。

「なるほど。誰も何も持っていないわけだな」

呟いて、阿部がふふふふふふふと不気味な声を漏らす。
やけに大きな鞄を引き寄せて、がさごそと中身を漁った。
そして何やら、大きめの弁当箱のようなものを取り出してきた。

「ついに、この出番がキタってことか・・・」
「なにそれー?」

愛しげにその弁当箱(?)のフタを撫でる阿部に、
わざわざ聞かなければいいものを、水谷が不思議そうに問いかける。
阿部はにたりと笑って、ゆっくりとそのフタを開いていく。

「こっ、これって・・・!?」
「こいつはオレの最高傑作。・・・その名も“オレとみばっ!?がぁぐぁっ!!?」
「えっ!?ちょっ、あべぇっ・・・!?」

急に倒れた阿部に驚いて声をかけた水谷も、次の瞬間には床に沈んでいた。
まさに、目にも止まらぬ早業である。
栄口はにこにこと微笑みながら、げしっと阿部を踏みつけた。

「キモいことするのもいい加減にしときなね。阿部?」

水谷も余計なことしなきゃいいのにねぇと栄口が心底楽しそうに笑う。
もろにその様子を目撃してしまった花井は、そっと自らの胃を押さえた。


「西広く、あの・・?」
「ああ、ごめんね。三橋」

西広は三橋に目隠ししていた手を外し、にこりと微笑む。
不思議そうに見上げてくる彼の頭を、よしよしと優しく撫でた。

「大丈夫だよ。世の中、見なくてもいいものはたくさんあるんだ」

無駄に爽やかに告げる西広に、三橋はこてんと首を傾げる。
しかしどういう結論に達したのか「西広君、すごいっ」と瞳をキラキラ輝かせていた。
すごいって言っちゃーすごいけど、何か色々間違ってるよなぁ。とは言い出せない西浦ーぜである。

「あっ、そういや泉は?」

ふと思い出したように、田島が声を上げる。
言われてみれば、何処にも彼の姿が見当たらない。
それにいつもなら率先して害虫駆除を行うのに、今日は栄口に任せきりだった。
不審に思って辺りを見渡すと、少し離れた場所で黙々と着替えを行っている彼の姿を見付けた。

「いずみー」
「ああ?どうかしたか」

田島が声をかけると、まるで今この騒ぎに気付いたかのようにきょとんと言葉を返してくる。
三橋至上主義の泉のこの態度に、天変地異の前触れじゃないか!?と田島を除く全員が思ったのは言うまでもない。

「泉さぁ、なんか持ってない?」
「なんかって?」
「三橋がハラへったんだってよ」
「三橋が?」

んーと少し考えて、口のなかでコロコロと何かを転がす。
パタンとロッカーの扉を閉めて、のんびりと三橋のほうに向き直った。

「あー、いま食ってるので最後だ」
「えー!?泉、食っちまったのかよー」
「はいはい。おーい」

何故か三橋でなく不満そうに声を上げた田島を無視して、ちょいちょいと彼のことを招き寄せる。
きょろきょろと辺りを見回したあとオレ?と指差す三橋に、苦笑を浮かべて小さく頷いた。
ハッとしたように、とてとてと三橋が泉のもとへと駆け寄っていく。

「どう、したの?泉君」
「おー。三橋にアメでもやろうかなぁってさ」
「うぇ?でも・・・?」

食べちゃったんじゃないの?と上目遣い気味に三橋が見詰めてくる。
うっと一瞬言葉につまったものの、泉はなんとかいつも通りの笑顔を浮かべた。

「そっ。だから、コレやるよ」

えっと三橋が思う間もなかった。
気がついたときには目の前に泉の顔があり、柔らかな感触が唇に押し当てられる。
それがキスだと分かるまでに、三橋の頭は数十秒を要した。

「ふっ・・・んんっ・・」

薄っすらと開いた隙間から、泉が強引に舌を差し入れる。
歯列を丁寧になぞりながら、彼の舌を絡め取ってきつく吸い上げた。
びくっと身体を震わせた三橋に笑みを深くすると、角度を変えてさらに深く唇を貪った。
三橋は力の抜けそうになる身体を支えるように、泉の服をぎゅうっと握った。

「んっ・・むぅ・・・っ」

キスの合間に漏れる甘やかな声に、西浦ーぜはあわや前屈み寸前という事体で。
そんな様子にちらりと確認しながら、泉は口に含んでいた飴玉をちょいっと舌先で三橋のほうへと転がしていく。
おまけとばかりに唇をちゅっと吸い上げて、名残惜しげにゆっくりと離れていった。

「はっぁ・・ふっん・・・いず、く・・?」

荒くなった呼吸を整えながら、どこかとろんとした瞳で、三橋が泉のことを見上げてくる。
泉はそれに全力で、ありとあらゆるものを自制しながら、にっと意地の悪い笑みを浮かべた。

「アメ、うまいか?」
「あ・・・うっ・・!?」

その言葉に、三橋がハッとしたように口元を押さえる。
じんわりと、口のなかに甘さが広がっていった。
ころりと口内の飴玉が転がり、ああそういえば、これはもともと泉のものなんだと思って。
その甘さがだんだんとさっきのキスの味のような気がしてきて、三橋の顔がかあっと紅く染まった。

恥ずかしそうにおずおずと彼が見詰めてくると、泉はすかさずぎゅっと自らのなかに抱き締める。
そっと身を預けてくれるのを感じながら、泉はしてやったりな顔をしていたのだった。






チッ。と悪意以外の何物でもない盛大な舌打ちが聞こえ、花井はビクッと体を震わせる。
ああ、振り返りたくないなぁ。でも、オレが相手しなきゃいけないんだろうなぁ。
なんてことを思って溜め息を吐き、恐る恐る体の向きを反転させた。
無視するという選択肢がとれない、どこまでもお人好しのキャプテンである。

「どうかしたのか、栄口」
「どうしたもこうしたもないよ、泉の奴・・・」
「あー・・・アレか」

その言葉に先程の光景が頭を過ぎり、知らず顔に熱が集まる。
確かにアレはやりすぎというかなんというか――――もうそういう問題でもない気がするが。
しかも、ああも違和感なくやってのけてしまう辺り、さすが泉だなとか思ってしまう。

「けどまあ、アレは不可抗力っていうか偶々っていうか・・・」

最後の飴だったわけだし。他に何も無かったわけだし。
そんな言い訳にしても厳しいことをごにょごにょ告げると、ギロリと鋭い視線を向けられた。

「はぁ?何をふざけたこと言ってるのさ、花井」
「えっ、あの、その・・・ええと」

ヒイっと竦みあがって、さっと目を逸らす。
ていうか、どうしてオレが泉のフォローしてるんですか?

「あんなの、泉の確信犯に決まってるでしょ」
「かっ、確信犯?」

黒い威圧感に気圧されながら恐々聞き返す花井に、栄口は忌々しげに口を開いた。

「朝練のとき、泉に今日三橋用のお菓子が無いこと言ったんだよね」
「へぇ・・・それで?」
「泉は同じクラスだから、当たり前のように三橋の食べ物をチェックしてるわけだ」
「はぁ・・・」
「だから当然、泉は何かしら余らせておくはずなんだよ。オレが持ってないのも言ってあるんだし。
 ・・・・本当に飴いっこしか持ってないのかも怪しいよ」
「・・・てことは、さっきのオレらの会話聞いて―――」

全部計算してたってこと?
そんなことはいちいち聞くまでもなく、栄口の表情が全て物語っていた。


はあっと大きな溜め息を落として、彼らの様子を目に映す。
(・・・・・早く帰ろう)
げしげしと床に転がっているそれらに八つ当たりする栄口に注意する気力もなく。
花井はひとり、のそのそと帰り支度を始めたのだった。
















この泉と三橋は付き合ってるんだろうか。とか書いてから思いました(ぇ
飴を口移しがやりたかったんですが、もっと恋人同士な雰囲気のほうがよかったでしょうか・・・
でも三橋愛されが好きなんです!!(断言

そしてオチ(てないけど)がまた花井君だということに気付きましたよ・・・・