何となく、気付いてたんだよ?
いつか誰かに言われるんじゃないかってことはさ。
それが栄口か田島か、もしくは阿部かなんて知ったことじゃなかったけど。
まあでも、案外妥当かもね。泉ってのは。


「お前、いい加減にしろよ」

冷たく言い放たれた台詞に、水谷はいつもと同じ気の抜けた笑みを向ける。
彼らを取り巻く空気との温度差が、余計にその笑顔を苛立たしく見せた。

「何のことー?」
「いまさら俺にすっとぼけても仕方ねぇだろ」
「ヤダー。泉ってばこわーい」

ほらほら笑ってよぉ、と。
妙に間延びした声で言われて、泉はダンッと机を叩いた。
一瞬ビクッとなった水谷も、しかしすぐに笑顔に戻る。
先ほどまでのものとは、種類の異なった笑みで。

「分かってたんだろ。いつか言われるってことは」
「まあねー。泉が一番乗りだよ」

何処までもふざけた台詞で、水谷が面白そうに笑う。
泉は小さく舌打ちすると、改めて水谷に向き直った。

「・・・なんで、あんな態度しかとらねぇんだよ」
「泉はそう言うけどさ、多分わかんないよ?他の奴らなんて」
「っ、だとしてもだ!あいつ自身が気がつかないわけないだろっ」

泉の必死の形相を目に留めながら、水谷は小さく笑う。
何故彼は、こんなにも必死なんだろうか。

傍から見れば、仲のよいチームメイトで。
普通に会話もするし、一緒に帰ることだってある。
そう、ただ。
ただ、ギリギリの一線で突き放しているだけだ。

まっ、わかってるけどね。
そう思って、ちらりと扉を確認する。
微かな物音が聞こえ、水谷は深く笑んだ。

「泉、それは仕方ないって」
「どういうことだよ?」

泉の目が、険しくつりあがる。
それでも変わらず、水谷の唇は笑みの形を作ったままだった。

「だってオレ、三橋のことキライだもん」

瞬間、バサバサっと何かが落ちる音がする。
泉が音のほうを振り向くと、顔面蒼白になった三橋の姿があった。

「みはっ・・・・」
「ご、ごめ・・・なさ・・おれ、あの・・・」
「三橋!!」

泉が叫ぶと、三橋は身体をビクッと震わせる。
目に溜めた涙を懸命に堪えながら、水谷のほうに目を向けた。
震える唇で、必死に言葉を紡ぐ。

「みず、たにく・・・・あの、ごめ。ごめん、なさ・・・・」

それだけ言って涙が堪えられなくなったのか、そのまま走り去って行く。
その後ろ姿を、水谷はどこか冷めた目で見遣っていた。

泉が、座っていた椅子を水谷のほうへ蹴飛ばす。
人を射殺せそうなほどの目で、水谷を睨み付けた。

「お前、ホントに最低だな」

三橋を追うつもりなのだろう。
泉もそのまま走り去っていく。

水谷はこの状況に似つかわしくないほど、穏やかに笑っていた。

「ヤだなー、泉ってば。今頃気付いたんだ」

そんなこと、昔から知ってたさ。
オレはずっと、こうやって生きてきたんだから。

散らばったノートを冷たく見遣って、水谷はそっと部屋を出て行った。









歪んだ水谷の片思い。
・・・・・あくまで片思いだと言い張ります。