はっきり言って自信はない。
ありとあらゆる障害に、挫けそうになるときだってある。
だけど、それでも。
『好きだ』って言葉は、確かに自分に向けられていると信じられるから。
よしっと気合いを入れて、沖は椅子から立ち上がった。





   野を越え山越え





立て付けの悪いドアを、最後の力を振り絞ってなんとか抉じ開ける。
へなへなと椅子に倒れ込みながら、どさっと机に突っ伏した。
先の決意も空しく、沖は彼に逢えないままに教室へと舞い戻ってきていた。

3組から9組までは、その実際の距離以上に遠い。
せめて途中に7組さえなければ・・・
ああ、でも1組がいないだけでもまだマシなのかもしれない。
野球部裏主将とまで言われているあの人間と勝負するなど、考えただけでも恐ろしい。

沖はびくりと体を震わせ、なんだか泣きたい気分で盛大な溜め息を吐いた。
彼と――三橋と、付き合うと決めたときからこうなることは覚悟のうえだ。
それでも、仮にも恋人どうしなんだから、
もうちょっと2人きりの時間ってものを考えてくれてもいいんじゃないか。
そんなことを思って。


(わわわっ、なにを考えてるんだオレ!?で、でも。恋人同士なんだからやっぱり・・・って、駄目だって!
ああでも、オレと三橋って恋人なんだよね・・・わぁっ!改めて思うと凄い恥ずかしくなってきた!!?)


顔を茹で蛸のように真っ赤にしながら、一人でわたわたと慌てる羽目になってしまった。
赤い顔を隠すように手で覆っているので、挙動不審な様子を白い目でクラスメイトに見られていることを知らないのが、
彼にとっての不幸中の幸いかもしれない。

わぁわぁと頭のなかがパニックになっていた沖の背中を、誰かがポンと叩いてくる。
その感触に大袈裟なくらいに驚いて、慌てて後ろを振り返った。

「にし、ひろ・・・」

ここが3組と言うことを考えれば当たり前かもしれないが、そこに立っていたのは西広で。
沖は心底ほっとして、安堵の息を吐いた。
明らかに様子のおかしい沖に首を傾げつつ、西広は不思議そうに声を掛ける。

「どうしたの?三橋に逢いに行ったんじゃなかったけ?」
「うん・・・まあ、そうなんだけど」
「・・・もしかして、7組?」
「あー・・・」

返答に困って言葉を濁すと、それで理解したとばかりに西広が苦笑を浮かべる。
同情するように、ポンポンと沖の肩を叩いてきた。

「皆も、もうちょっと大人になれればいいのにね」
「え?」
「オレは沖と三橋のこと応援してるからさ」
「に、西広っ・・・」

西広に柔和な笑みを向けられて、沖は思わず涙ぐむ。
優しい言葉と笑顔に、幾分か救われた気分だ。
こういうときに、西広と同じクラスでよかったなぁとしみじみ思う。

「ありがと、西広」
「やだな。大袈裟だよ」
「そんなことないよ!オレさ、これからやっていけるか不安で・・・」

本当に情けない。
もっとしゃんとして、三橋を守り抜けるくらい強くならなきゃいけないのに。
はぁっと、溜め息を吐いたときだった。

「大丈夫だよ、沖」

いやに明るい西広の声が響く。
いくら最大の理解者だからって、そんな何の根拠もないことを信じられるはずがない。
訝しげに西広の顔を覘くと、にこりと笑って、ちょんとドアのほうを指差された。
訳が分からず、それでも言われた通りに顔を向けて――――

「三橋!?」

弾かれたように、立ち上がった。

何で。どうして。
思うことはたくさんあったけど、いまは全部どうでもいい。
沖は慌てて、三橋のもとへ駆け寄っていく。


「応援、するしかないじゃない。あんな幸せそうな顔、見せられたらさ」

その背中を見送って淋しそうに呟かれた言葉は、風に流されて消えていった。







「三橋!」
「お、沖くんっ」


ドアに隠れるように教室を覗いていた三橋に呼び掛けると、不安げな表情が一変。
にこっと嬉しそうに笑いかけてきた。
ドキドキとする胸を押さえながら、なるべく平静を装って問掛ける。

「どうしたの?突然」
「あ、あのね。あの・・・」
「う、んんっ」

声が上擦って、おかしな相槌になってしまう。
だが三橋は特に気にした様子もなく――というよりは、ただ単に自分のことで一杯一杯だっただけだろうが――
意を決したように、沖のことを見つめてきた。
上目使い気味に濡れた瞳を向けられ、ごくりと生唾を飲み込む。

「沖、くん」
「え、あっ。はい!」

危うく我を忘れそうになって、三橋の声にハッとする。
沖はぶんぶんと首を振ってよからぬ妄想を追いやり、改めて三橋に向き直った。

「あの、手を」
「手?」
「う、ん。手、出して?」

言いながら、三橋がこてんと首を傾げる。
その仕草にうっと、沖の息が一瞬詰まった。

(かっ、可愛いいっ・・・)

なんて、思っている場合じゃない。
沖は急いで、三橋の目の前に手を差し出す。
すると三橋がふわっと笑って、沖の手の平にころんとあるものを転がした。

「あめ、玉?」

頭にハテナを出しながら呟いた沖に、三橋がこくりと頷く。
照れたようにもじもじしながら、目元を赤らめてはんなりと笑った。

「これ、ね。すごく、おいしい、から。沖君に」
「オ、レに?」
「おっ、きくんに!だよっ」

三橋が勢い込んで、こくこくと一生懸命に頷く。
自分のためにここまで来てくれた。
そのことが酷く嬉しくて、同時に照れ臭くて。
沖は頬を朱に染めながら、にこっと笑った。

「三橋。ありがと」
「う、と。あ、あの・・・でも、でもね」
「うん?」
「い、いちばんはね。沖くんに・・・」
「・・・へ?」

三橋の口から出た言葉に、沖は思わず間の抜けた声を上げてしまう。
自分で言った台詞に恥ずかしくなったのか、
三橋は顔を真っ赤にしながら俯き、ぎゅっと沖の服の裾を掴んだ。
ドキリと、沖の心臓が跳ねる。

「沖くんに、逢いたかったから、だよ・・・」

控え目に、しかしはっきりと告げられて、沖の顔が真っ赤に染まる。
もうなんだか色々と、我慢できそうになかった。

「三橋っ」

叫んだのと同時、三橋をぎゅうっと抱き締める。
ここが廊下だとか、人目があるだとか。
そんなことは、沖の頭から吹っ飛んでいて。

「大好き、だよ」

ああ、幸せかも。
胸の合間から聞こえる声に、そんなことを思う。
けれど。
そうそう幸せは長く続かないということを、暫くしたのち。
沖は身をもって知ることとなるのだった。













やってしまいました、沖ミハです。
なんだか沖がヘタレ攻めみたいに・・・・
テーマは頑張れ沖くんで(笑
需要があるのかとても心配だったりしますが、
少しでも楽しんで頂ければ幸いです!