それは珍しく強い否定だった。
驚いて見返した瞳に見つけたのは、力強い決意の灯。
けれどいつものように気弱に笑いながら、彼は続けた。
もしかしたら、大穴だって選ばれるかもしれない。でしょ?
少し遠くで戯れ合う天然コンビを、ぼんやりと見つめる。
ちょっと手を伸ばせば届きそうで、しかし絶対に届かない距離。
彼らと自分は、まさにそんな感じだった。
「オレさ、田島がムカつくんだよ」
それはほとんどもう、独り言に近かったのかもしれない。
聞かせるためでなく、何となく漏れてしまった言葉。
確認、したかったのかもしれない。
「珍しいね、巣山がそんなこと言うの」
「・・・そうか?」
「そうだよ」
ぼおっとしていたせいか一拍遅れてしまった返事に、沖が困ったように笑う。
直ぐ隣に座っていたせいで、どうやら聞こえていたらしい。
巣山は沖から視線を外すと、再び彼らに目を向けた。
「オレが悪口言うのが珍しいってことか?」
「えっ?いや、そうじゃなくてさ」
「何だよ」
「悪口じゃないでしょってこと」
「は?」
それはまるで、鈍器で殴られたかのような衝撃だった。
けれど何故、そんなふうに感じたのかも疑問で。
思わず顔を向けると、沖は巣山をちらりともせず、ただ一点をじっと見続けていた。
視線を辿るまでもない。
それはさっきの自分と、何ら変わりなかった。
「沖・・・?」
不意に沖が、前方に左手をぐっと伸ばす。
驚いて呼び掛けると、沖は小さく笑った。
「こうすれば届きそうなのに」
「っ・・・」
「なのに、全然届かないんだよね。オレは」
伸ばした手は、結局何も掴めずに空を切る。
どれだけ頑張っても、縮まない距離。
隣に立つアイツが、ここはオレの場所だと、不敵に笑うんだ。
巣山は眩しい場所を見つめるように、その目を細めた。
「そうだな」
自嘲するように、微かに笑う。
沖と同じように、右手をぐっと伸ばした。
「理解、出来ないんだよな」
「・・・うん」
「何もかもがスゴすぎなんだよ」
「うん」
「オレがって思っても、直ぐにアイツが横から出てきて解決しちまう」
そしてキラキラとした瞳を一身に受けて、勝ち誇ったように笑う。
この場所は誰にも渡さない。
そう言って、笑うんだ。
巣山と沖が伸ばした手をおろしたのは、ほぼ同時だった。
「ムカつく」
吐き捨てるように告げた言葉は、思ったより感情が籠もっていなくて。
イライラする。
何に。そんなこと決まってる。
「力になりたいのに、オレじゃ分かってやれない」
「・・・巣山」
「頼りにされたいのに、それだけのものがない」
結局は、何も出来ない。
泣いている背中を、見つめることしか。
勝ち誇った笑顔を、羨むことしか。
「ムカつくっ・・・」
いつも隣で笑っているあいつが。
何でもかんでも理解してしまうあいつが。
田島悠一郎という人間が。
でも、でも本当はそうじゃなくて―――
「なんで、オレは何も出来ないんだよっ・・・」
唇を噛みしめて、巣山は硬く拳を握り締める。
情けない情けない情けない。
大切な人の背中を、支えることすら出来ない自分自身が。
敵うものが何もないと、気づいてしまった自分自身が。
「ははっ・・・」
薄く開いた唇から、自然乾いた笑いが漏れる。
柄にもなく、誰かに縋りついて大泣きしたい気分になって。
それでも漏れるのは嗚咽ではなく、笑い声だった。
先の沖の言葉は正確だったのだ、確かに。
心が折れそうで、弱音しか出てこない。
それはどちらかと言えばいつも沖のほうなのに、というのは失礼だろうか。
「もう、無理なのかもな」
「え?」
「かないっこないんだよ、はじめから」
巣山が自嘲しながら呟いた台詞に、沖がはっとしたように息を飲み、
「そんなことないっ!」
沖にしては珍しい、はっきりとした強い否定。
驚いて沖をまじまじと見つめると、声を張り上げたことに気が付いたのか、ごめんとしゅんとしたように謝ってくる。
巣山がそれに言葉短に返事をすると、でも、と沖が顔を上げた。
「・・・諦めたら、いけない気がするんだ」
「沖・・・」
「オレに、オレたちにだって、何かあるはずだって思う。それに・・・」
見返した瞳は力強く、沖の決意が灯っていて。
けれどそのわりには、いつものように気弱な笑みを浮かべていた。
「 」
一息に告げて、沖が困ったような、照れたような、何とも判別しづらい顔で笑う。
巣山は一瞬ポカンとして、堪えきれなくなったようにぶはっと吹き出した。
「ははっ、沖、お前・・・くくっ」
「そ、そんなに笑わないでよ」
「いや、悪い・・・でも、あははっ」
確かにそうだ。
勝負はいつだって、本命が勝つとは限らない。
何処にだって、ダークホースが潜んでいるものじゃないか。
どうしてそんな簡単なことに気が付かなかったんだろう。
初めから勝ちの決まった勝負などありはしない。
だったら、なってやろうじゃないか。ダークホースに。
「沖」
「ん、なに?」
「負けないからな、オレ」
沖に向かって今の自分にできる、精一杯の不敵な笑みを浮かべて見せる。
まだまだ本命にはかなわないかもしれない。
それでも今はただ、逆転サヨナラホームランのために走るしかないのだ。
「行こうぜ、沖」
「うん、そうだね!」
目指すは戯れ合う天然コンビ。
巣山はその手を、ぐっと伸ばした。
弱気な巣山くんです、またマイナーどころ(笑
たまには悩んだっていいじゃないかというのがコンセプト。
常識人組みなので、田島様は容赦しません(ぇ
次は西広先生と花井主将も一緒に書きたいですよ!