思えばそれは、奇妙なことなのかもしれない。
だってお互いがお互いに、お互い以上に大切な人がいるのに。
それでも相手のことを、スキダって言うんだから。
たいせつなキミ
ぼんやりと、彼はただ佇んでいた。
何をするでもなしに、じっと瞳を漂わせている。
それは何処かを映しているようでいて、或いは何も映しとってはいないのかもしれない。
「水谷、くんっ・・・」
ふと自分を呼ぶ声が聞こえ、義務的に視線を転じる。
大きな瞳がこっちを覗き込んでいるのに気がつき、すっと瞳に光が戻る。
水谷は先程までのそれが嘘のように、ぱぁぁっと瞳を輝かせた。
「三橋!」
「あ、う・・・あの・・・」
「なになに?どうしたの?」
「んと、あのね。えと・・・」
「うん?」
言いにくそうにもごもごしている三橋に、水谷は緩い笑みを浮かべる。
自分は短気なほうではないので、待つことは何の苦にもならない。
きっと何時間だって待てる。それは決して、大袈裟なことじゃなくて。
「水谷くん、あの、どうか、したの?」
「へ?」
聞いていたはずなのに、あまりにも意外な台詞に間の抜けた声を上げてしまう。
三橋はもう一度、同じ言葉を繰り返した。
「どうか、したの?」
「・・・オレ、なんか変だった?」
「う、ううん。けど、元気ない、みたいだった、から」
「へへ、そっか」
へにゃりと、しかしいつもより寂しげに水谷は笑う。
やっぱり三橋には敵わないなぁなんて。
そんな分かりきったことをまた再確認して、なんだか嬉しくなった。
「ねぇ、三橋」
「な、なに?」
「あのさー、阿部ってオレのこと好きだと思う?」
「う、え?」
きょとんとして見上げてくる三橋に、水谷は微かに笑う。
柔らかに、いとおしいげに。
「だってさ、阿部って酷いんだよー?」
「あ、阿部くんは・・・」
「何かって言うと、クソレクソレ言うし!頭叩かれるのなんて日常茶飯事だしー」
ぶつぶつと、水谷は阿部に対する文句を並べ立てる。
けれど怒っているというには軽すぎる口調で。
怒っていないというには、何処か険の含まれた声色で。
三橋はじっと、彼の言葉を聞いていた。
「で、でも」
「ん?」
言うだけ言った水谷に、三橋が声を掛ける。
ほんわかと、幸せそうな笑みを覗かせながら。
「阿部君は、いつも、見てる、よね」
「え?見てるって・・・」
「すご、くね。幸せそう、だから。オレも、嬉しくなるんだ」
「三橋・・・」
「水谷君、も。おんなじだよ、ね」
「あっ・・・」
「だから、だからね。オレも、あったかく、なる、よ」
言って、三橋がにこりと笑う。
好きだなぁと、水谷は漠然と思った。
「オレ、2人とも、大好き、だから」
照れたように頬を染めて、けれどしっかりと告げられる。
簡単なようでいて、なかなか気づかないこと。
分かっているのに、忘れてしまうようなこと。
いつだって思い出させてくれるのは、三橋だった。
思わずぎゅっと抱き締めたくなって、遠くからの視線に気づく。
心臓の弱い人間なら、一発であの世に逝ってしまえるような鋭い視線。
くくっと、水谷は咽喉の奥で笑う。
自分は三橋に対して、そんな感情なんて持っていないのに。
どれだけ言ってもわかってくれない。
警戒するべき人間は、他にいくらでもいるだろうに。
水谷は意識してへにゃりと笑い、すっと指差した。
「三橋、呼んでるよ」
「う?」
「ありがとね、三橋。オレはもう、大丈夫」
だから行っといで、と。笑顔で促すと、少し考えてくるりと向きを変えた。
控え目な笑みをひとつ、残して。
彼が幸せでいてくれればいいと思う。
いつだって、好きな人の隣で笑っていてくれればいいと思う。
だから自分に嫉妬なんか、する必要ないのに。
まあ、あいつの場合ただ彼を独り占めしたいだけなんだろうけど。
「なに、話してたんだよ」
その直後、後ろから不機嫌そうな声が聞こえて小さく笑みを浮かべる。
三橋は多分、気づいてたんだろうね。
「べっつにー。阿部には教えてあげないよーだ」
「はっ、やっぱお前うざいな」
「うざっ・・・ひど!?酷くない、阿部!?」
「黙れ、クソレ」
阿部に一蹴されて、けれど水谷はヘラリと笑う。
三橋の去っていった方向を、じっと見つめる。
阿部も同じところをみているのが、気配で感じられた。
「あのさー、阿部」
「なんだよ」
「オレさ、思うんだよね」
「あ?」
「阿部と三橋が同時にオレを呼んだら、きっとオレは三橋のところに行くよ」
はっきりと、いつもの笑みを浮かべてそう告げる。
仮にも恋人である相手を目の前にして、だ。
「だからお前はクソなんだよ」
ふっと、阿部が不敵に笑ったのが分かる。
何を今更。そう、言いたいんだろう。
考えれば考えるほど、おかしな関係だと思う。
でもきっと、それがイチバンいいんだ。
あっと、阿部が思い出したように声を上げた。
「オレ今日、鍵当番だから」
「へ?」
「鍵当番。だから、待ってろよ」
一緒に帰ろう。
そんなふうには誘ってくれないけど。
でもそんな素直じゃなくて、意地っ張りなところに惚れてしまったのかもしれない。
つくづく自分もおかしな趣味をしている。
少しの後悔と沢山の幸せを胸に、
「うんっ!」
水谷は満面の笑みで、阿部に応えた。
もともとは日記の小話だったもの。
小話にしては長すぎるので、修正加えてこっちにもってきました。
恐らく最初で最後の阿水です(笑
というかこれって阿水なの、か・・・?