寂しがりや




大きく開け放たれた窓から、柔らかな日差しが射し込んでくる。
いつものように大量の書簡に埋もれながら、劉輝はじとっと彼らのことを見詰めていた。

「だから違うと言ってるだろうが!!」
「そんなこと言って、私を焦らしてるのかい?」
「きっさま・・・」

仮にも王の執務室で痴話喧嘩のようなことを言い争っている2人の姿に、劉輝は大きく溜め息を吐く。
最も、溜め息の理由はそれとは対して関係なかったりするのだが。

「・・・・・うらやましいのだ」
「「は・・・?」」

ボソっと呟かれた言葉に、2人同時に声を揃えて劉輝のほうに顔を向ける。
無関心なように見えて、しっかりと主を意識しているのはさすがと言うべきか。
劉輝はむぅっと眉根を寄せると、先ほどと同じ言葉を、今度ははっきりと繰り返した。

「うらやましいのだ」
「羨ましい・・・」
「・・・ですか?」

彼らは美形と名高いそれを阿呆面に変え、ポカンと口を開けて劉輝を見詰める。
今の状況で、一体何が羨ましいと言うのか。
いつにもまして訳の分からない言動に、ただ困惑するばかりだ。
そんな2人など全く余所に、劉輝は神妙な面持ちでうむと頷く。

「2人の仲が良いのは余も嬉しい」
「主上!?それは誤解だとっ・・・」

一方のうちの片割れ、李絳攸が透かさず反論するが、劉輝はさっくりとそれを無視した。

「それを咎めるつもりも、2人の仲をとやかく言う気もない。だが・・・」

そこまで言って、言い淀むように劉輝は顔を俯かせる。
ぎゃあぎゃあと喚く絳攸をがっしりと押さえ付けながら、楸瑛は口元に穏やかな微笑を浮かべた。

「主上。絳攸のことなら気にしなくて構いませんよ」
「なんだとっ・・・んぐ!?」
「はいはい。主上?」

絳攸の口を片手で塞いで、先を促すように劉輝に目を向ける。
その視線を感じて、劉輝は僅かに顔を上げた。ほんのりと頬を染めて、上目遣いがちに2人を見遣る。

「だっ、だからその・・・ちょっと、寂しいのだ」
「んがっ・・・!?」
「主上・・・」

あまりにも予想外の台詞に絳攸を拘束することも忘れ、楸瑛は思わずといったように大きく目を見開く。
絳攸は手が外れた事にも気付かず、その場に硬直していた。
そんな空気についに耐え切れなくなったのか、劉輝は顔を真っ赤にしてばたばたと両手を振り回す。

「やっ・・・やっぱり何でもないのだ!!忘れてく・・・」
「主上」

と、いつの間に近づいてきたのか、無意味に動き回る劉輝の手を容易く捉え、楸瑛がふっと微笑を浮かべる。劉輝はきょとんとして、小さく小首を傾げた。

「楸瑛?」

男だと分かっていても、そんなことが気にならないくらい愛らしく見えるのは何故なのか。
楸瑛は自分のそんな考えに苦笑しつつ、そっと劉輝の頬に手を触れさせた。

「そんな顔をなさらないでください」
「よっ、余はそんな情けない顔をしているか!?」

ハッとしたように勢い込む劉輝に、楸瑛はくすっと笑みを零す。

「いえ。そういう意味ではありませんよ」
「そう、なのか?」
「はい。ですけど、主上。あなたが、私と絳攸の仲を羨む必要なんてないんですよ?」
「そ、れは・・・」

途端に顔を曇らせた劉輝に、やれやれと溜め息を吐く。
本当に、何も気が付いていないのだ。この主は。
楸瑛は未だ固まっている絳攸に一瞬目を向け、まあいいかとなんとなく思った。

「なんでしたら今夜、私の家にいらっしゃいますか?絳攸も来ますし」
「っ、よいのか!!?」

ガタンっと椅子の倒れる音と共に、劉輝がその場に立ち上がる。
嬉しそうに目を輝かせる主の頭を、楸瑛は優しく撫でてやった。

「もちろんいいに決まって・・・」
「ちょっと待った!!」

楸瑛の言葉に被さるように、今まで固まっていた絳攸が叫び声を上げる。
気が付けば固まっていた場所から楸瑛のすぐ隣まで来ていて、2人同時に疑問符が浮かぶ。
一体、いつからそこに?
だがそれを訊く前に、絳攸が一歩早く喋り出した。

「主上が貴様の家に行くなど言語道断だっ。こんな常春の家になんぞ行ったら、いくら主上でも・・・」
「やだな。私がそんな人間に見えるのかい?」
「見えるから言っているんだ!!」

荒荒しく息を巻く絳攸に、楸瑛はやれやれと嘆息する。
だがすぐに悪戯を思いついた子どものように、にやりと不気味な笑みを浮かべた。

「な、何を笑っている?」

楸瑛のそれに気付き、絳攸が多少びくびくしながら問いかける。
彼は一瞬劉輝に目を向け、絳攸に視線を戻した。

「いや、君は私が主上に手を出すと、そう思っているんだよね?」
「ああ」
「でも絳攸。君だって主上と・・・」
「なっなな、何を言って・・・!?」
「語らいたいんじゃないのかい?」
「だ、誰がそんなことっ・・・」

と、言ってしまってからハッとする。
語らいたい?今、奴は語らいたいと言ったのか!?
絳攸は自分の失言に気付き、背中からだらだらと嫌な汗が流れ出す。
楸瑛のことは後で取っちめるとして、恐る恐る劉輝のほうに顔を向けた。

「やはり・・・」
「しゅ、主上?」
「やはり、絳攸は余がいたら邪魔なのか・・・?」

思った通りというか、劉輝は今にも泣き出しそうなほど瞳を潤ませていて、絳攸はうっと息を詰まらせる。
楸瑛はそんな2人を、したり顔で面白そうに眺めていた。

「そっ、そんなことはありません!!」
「だが、絳攸は余に来てほしくないのであろう?」
「い・・・いえ、そんなことは・・・」

言いながら、絳攸はさっと目を逸らす。
あからさまなその態度に、劉輝はがぁんと傷付いた表情を浮かべた。

「こっ、絳攸は余が嫌いなのだなー!!?」
「ちがっ、そうじゃなくて、その・・・」
「むしろ、好きなんだよね」
「そう、好きっっ・・・」
「へ?」

劉輝の妙に間の抜けた声が、やけに大きく室内に響き渡る。
本日2度目の失言―――だったのかどうかは定かではないが―――によって、絳攸は金魚のように意味もなく口をパクパクさせていた。
そんな彼を見る楸瑛の顔が、ひくひくとおかしな動きを見せる。笑いたいのを必死で堪えている、そんな感じだ。

「っ、楸瑛!!貴っ様ぁ!!!」

その姿を見止めて、絳攸が大音量で叫ぶ。
拳をわなわなと震わせ、楸瑛に今にも掴み掛からんとしたその時、がっしりと誰かに腕を捉えられた。
それが誰かなど、絳攸には分かりすぎるくらいに分かっている。

「主上!?」

絳攸が振り向くと、その腕を掴んだまま、劉輝がぐいっと顔を寄せてきた。

「本当かっ。本当なのだな!?」
「はっ、はい?」
「絳攸は、余のことが嫌いではないのだな!?」
「っっ!?」

劉輝の言葉に、つい先ほど『好き』と言ってしまったことを思い出して、絳攸はかあっと顔を赤くする。
だがそんなことは目に入らないらしく、劉輝は彼の腕を力の限り握り締めた。

「そうか、余は嫌われていたわけではなかったのだな」
「よっかたですね、主上」

痛みと羞恥とその他様々な感情で放心している絳攸の代わりに、楸瑛がにこやかに笑い掛ける。
内心大爆笑したくて一杯なのだが、そのところを悟らせない辺りさすがである。
と、劉輝が物言いたげにこちらを見ているのに気付き、楸瑛は彼の頭に手を掛けた。

「そういうことなので、今夜主上が家にいらしても何の問題もありませんよ」
「楸瑛・・・」
「今晩、お待ちしていますね」
「・・・うむっ」

こうして今日も書簡の山は減らないまま、ただ時間だけが過ぎていくのであった。














彩雲小説、如何だったでしょうか?
劉輝はほいほいと出歩けるのかとか、そういうことは考えないで下さい(汗
実はこれCPをきちんと表すと、楸瑛×絳攸→劉輝だったりします。
本当は物凄く泥沼な感じなのですが、何故こんなことに(笑
彩雲は劉輝受けで突っ走りますよー!