「好きだ」とか「愛してる」とか、云うのはいつも僕ばっかりで君はちっとも云ってくれない。
君がそういう人だっていうのは分かってるけど、それでも言葉にして欲しいときだってあるんだよ?
だからね・・・
あいのことば
「はぁ?ゲームだぁ!?」
稽古を終えた、いつも通りの夕暮れ時の帰り道。
紅く染まった空の下に、リューグの大声が響いた。
「うん、ゲーム」
ロッカはさらっと返事をかえしながら、リューグににこやかな笑みを向ける。
如何にも、なにか企んでます、といった感じだ。
「絶対、やらねぇ」
それを悟ってか悟らずか、リューグはきっぱりとそう云い放つ。
だが、ロッカはその反応すら予想していたかのように、さして問題なさげに云い返した。
「どうして駄目なんだ?別にいいじゃないか」
「手前ェのそういう態度がムカつくからだよ」
「えっ、そんなの今更だろ?」
どこまでもあっけらかんとしているロッカに、リューグの怒りはますます増長していく。
「だから、それがムカつくって云ってんじゃねぇかッ!!!」
「まあまあ、ちょっとは落ち着きなよ」
「っとに、こいつはよー・・・・・・」
しかし、リューグがどんなに1人で息巻いたところで、暖簾に腕押し状態が続くばかりだ。
なんだか緊張の糸が切れ、一気に脱力感が襲ってきた。
「リューグは何がそんなに嫌なんだ?」
そんなリューグを知ってか知らずか、ロッカはなおもにこにことした表情を崩さずに、楽しそうに聞いてくる。
リューグがどんなに彼に反抗してみても、最後には軽くあしらわれてしまう。
結局、自分はいつもロッカに振り回され続けているのだ。
「嫌って云うかよ、どうせまたロクでもないこと考えてやがんだろ?」
「ロクでもないこと?」
「負けたら罰ゲームとかいって、なんかさせるのが目的なんじゃねぇのかよ?」
溜め息まじりに云いながら、チラッとロッカのほうを窺い見てみる。
するとなぜか、虚を衝かれたように驚いた表情をしていた。
と思ったら、突然声を上げておかしそうに笑い始める。
「あはははははっ」
「なっ、なに笑ってやがんだよ!?」
リューグはいきなり笑い出したロッカに内心ビクビクしながら、怪訝そうな顔を向けた。
それに気付いたロッカが、片手を軽く振ってみせる。
「あはは。ごめん、ごめん。別になんでもないよ、でもそっか・・・罰ゲームかぁ・・・・・・」
「だからなんなんだよッ!!」
彼の曖昧な物言いに、リューグはついつい声を荒げてしまう。
これでは、さっきの二の舞になるばかりだ。
「心配しなくても大丈夫だよ。今回は、何もないから」
「今回わっ!!?」
「ただ純粋に、たまには弟とコミュニケーションをとろうと思っただけだよ」
「・・・・・・」
やはりさっきと同様、リューグのことなどさらっと無視しながら、悪戯っぽく笑いかけてくる。
なんだかもう、これ以上彼の相手をしていても疲れるだけのような気がしてならなかった。
「・・・ったく、やってらんねぇぜ」
リューグは深い溜め息を吐きながら、吐き捨てるように呟く。
そして、ロッカを無視して、再び歩き始めようと足を一歩踏み出した。
にも拘らず、それは彼の手によって阻止されてしまう。
リューグの腕を強い力でギュッと握り締め、歩き出すのを阻んだのだ。
「なにしやがっ・・・」
「逃げるの?」
「っ!?」
リューグの言葉を遮るようにして、ロッカが挑戦的な笑みを向ける。
たった一言、たったそれだけでも、リューグに火をつけるには十分だった。
「誰が逃げるって!?」
「勝負を受けないってことは、逃げてるんじゃないの?」
「そんなもん関係ねぇ!!ただ、ゲームなんて馬鹿馬鹿しいだけだ」
「そんなこといって、僕に負けるのが恐いんだろ」
「俺が兄貴なんかに負けるかよッ!!」
「じゃあ、勝負してくれるのか?」
「ああ、やってやろうじゃねぇか」
声を荒げたことで乱れた呼吸を整えながら、ロッカのことを睨みつける。
だが、その目に映りこんできたのは、どうしてか満面の笑みの彼の姿だった。
その姿を見て呆然としていたリューグだったが、はたと気がつく。
たっぷり一拍置いてから、叫び声を上げた。
「てめー、ハメやがったなぁっ!!?」
「失礼だな。僕はそんなことしてないよ」
だがロッカは何事もなっかたかのようにしれっとしながら、にっこりと微笑むばかりだ。
結局、今の今まで息巻いていたのはリューグ1人で、ロッカは1mmの動揺だってしていない。
リューグは大きく溜め息を吐くと、キッとロッカのほうを見遣った。
「ああ、ったくよぉ・・・ゲームって何すんだよッ!!」
半ば自棄気味になりながら、ロッカに向かって喚き散らす。
そんなリューグを軽く微笑んで見つめながら、のんびりとゲームについての説明を始めた。
「そんなに難しいことじゃないよ。ただ、僕の云った事を繰り返せばいいんだ」
「繰り返す?」
「そう。最後まで繰り返しつづけられたら、リューグの勝ち。途中で間違えたら僕の勝ち。ね、単純だろ」
「ああ・・・まあな」
なぜそんなことをしたがるのかイマイチ釈然としないリューグだったが、しぶしぶと頷く。
そしてなぜか路上にも関わらず、双子のゲーム大会は始まった。
「じゃあ、いくよ。えーと、“アメル”」
「アメル」
「“蒼の派閥”」
「アオノハバツ」
「“召喚師”」
「ショウカンシ」
「“レルム村”」
「レルムムラ」
リューグはロッカの言葉を、ただ義務的に淡々と繰り返す。
いつまでこんな事をやるのかと、リューグは次第にイライラとし始めてくる。
ちょうどそれを見計らってか、ロッカは口元に不敵な笑みを浮かべた。
「“自警団”」
「ジケイダンッ」
「“ロッカ、愛してる”」
「ロッカ、あ・・・・・なっ!!?」
突然とんでもないことを云われたリューグはハッと口を噤み、口を金魚のようにパクパクさせなが顔を朱に染める。
ロッカは面白そうにクスクスと笑いながら、軽口をたたいてきた。
「あれ?言わないんだな。ということは、僕の勝ちだね」
「なっ、てめっ・・・・・・・」
これが狙いだったのかと、赤く染まった顔をわずかに俯かせる。
ロッカはさきほどからずっと笑い続けていて、この様子だとリューグが言葉を云わないのは、はなから分かっていたのだろう。 リューグはとどまることなく聴こえてくる笑い声に、馬鹿にされているような気分になってくる。まあ、実際そうなのだが。
それでもなんだか、絶対に云えないと、そう思われているのがいやに悔しかった。
「兄貴」
一呼吸置いてから、リューグは無表情にロッカのことを呼ぶ。
「リューグ?」
ロッカが笑うのを止めて向き直ってくると、リューグはわずかに口元を緩める。
かと思うと、リューグはそっと、彼の耳元に唇を寄せた。
「好きだぜ、ロッカ」
「っ!!?」
あまりにも一瞬の出来事で、ロッカは何がなんだか分からずに混乱する。
彼にしては珍しく、バタバタと慌てふためいていた。
耳にはっきりと残された甘く囁かれた声だけが、今の出来事が真実だと教えてくれる。
「ちょっ、ちょっと!!リューグ!?」
慌ててリューグを呼び止めるも、声は届いているだろうにスタスタと歩いていってしまう。
ロッカは、だんだんと自分の顔が熱くなっていくのを感じた。
「まったく・・・不意打ちすぎるよ」
顔を手で覆いながら、恨みがましく呟いてみる。
ただ夕日だけが静かに光り輝いていて、辺りを紅の世界へと変えていく。
だからきっと、顔が熱いのも、頬が紅く染まるのも、全部夕日のせいなのだろう。
珍しくリューグが強気な感じで。
でも結局、愛してるって言えてないのがいいかなとか。
慌てるお兄ちゃんが書いてて楽しかったですv
|