いつだってそうだ。
辛いときに笑って、なんでもないような顔をする。
どんな時だって独りで抱え込んで、無理をするんだ。
大丈夫と問えば、いつもの笑顔を浮かべて平気だって答えるから。
こっちのほうが寂しくなって、背中を向けた彼の腕を慌てて掴んでいた。
「アルバ?」
驚いたように名前を呼ばれ、だけど何も言えずにいて。
ギュッとただ腕を握り締めることしか出来ずにたら、ライがふっと微笑んだ。
「傍に・・・いてくれるか?」
いつものように優しくて、でもどこか寂しげな笑顔。
アルバはそっと腕を離して、頷くことしかできなかった。




     姫様お手をどうぞ




重ねられた手から、暖かなぬくもりが伝わってくる。ライは何かに耐えるように、じっと地面を見つめていた。
彼が誰かに弱音を吐くということは、ほとんどない。
それは信じられていないとか、頼られていないとか。
そういうことじゃないのは、彼の傍にいる者なら誰だって知っている。
ずっと独りで、こうして耐えてきたんだろう。
だから彼は、頼るということをはとんどしない。
独りでも大丈夫だよと、笑って言える強さを持っているから。


(おいらには何ができる?)


どうすればいいのか、どうしたらいいのかがアルバには解らなかった。
力になりたいと思っても、思うだけではどうにもならない。
何も出来ない自分が、歯痒くて仕方がなかった。
多くの人を助けるために騎士になったのに。
たったひとり、大切な人すらも助けられないなんて。
知らず溜め息が漏れて、アルバはぶんぶんと首を振った。

溜め息を吐くと、そのぶん幸せが逃げていく。
昔そう教えられて、現にあの人はいつだって笑顔を振り撒いていた。
そう、自分が落ち込んでいる場合じゃない。こんな時こそ笑顔でいるべきだ。
なんだか重ねられた手が不意に熱くなった気がして、ふとそこに眼を向ける。
アルバの掌に、そっと重ねられたそれは。
とても綺麗で、温かくて、力強かった。
それがゆっくりと、ゆっくりと離れていく。離れていくのを惜しむかのように、ゆっくりと。
はっとしてライを見上げると、彼はいつも通りにこりと笑っていた。


「そろそろ戻るか」
「ライ・・・」


このまま、また何も出来ないまま、彼を独りにするのか。
笑って、大丈夫だと言わせなければならないのか。
グッと拳を握り締めると、唐突に、あの人の笑顔が頭を過ぎった。
(姫君に忠誠?・・・違うって。おいらは、君主を持たない騎士になるんだから。
 え?つまんないって、そんな言い方しなくてもさ・・・へっ!?て、手にキス!!?何言ってんだよ、もうっ)

『俺のとこでは、騎士っていうのはそういうイメージなんだよ』
すぐそばで、楽しそうに笑うあの人の声が聞こえた気がした。


「ライっ!!」


気づいたときにはもう叫んでいて、ライが不思議そうに振り返る。
いま自分がやろうとしていることを考えて、心臓がバクバクとし始めた。


「アルバ・・・?」
「あっ、その・・・えっと」
「どうしたんだ?なんかあったのか?」
「うう・・・」


様子のおかしいアルバに、ライが心配そうに声を掛けてくる。
これではまるっきり、本末転倒ではないか。
よしっと自分自身に気合を入れて、小さく深呼吸を繰り返す。


「ライ」


名前を呼んで、真っ直ぐに彼のことを見つめた。
一歩ずつ歩み寄っていき、彼の足元で跪く。そっと、先程までのぬくもりを手に取った。


「あ、アルバ!?」


上擦ったような声を上げるライを、アルバは静かに見上げる。
自分はいま、どんな顔をしているんだろう。多分、赤い顔をしていることに間違いはないけど。


「ライ・・・あの。おいら、傍にいるから」
「へっ?」
「寂しいときとか、辛いときとか、いつも傍にいるから」


自分は誰かに忠誠を誓う騎士じゃないけど。
それでももし、自分が一生を誓う相手がいるのならば。
それは間違いなく、この人だけだろうから。


「えっと・・・君の傍にいつまでもいることを、ここに誓うよ」


ちゅっと、軽い音を立てて、彼の手の甲に口付ける。
その行為に更に熱くなった頬で恐る恐るライのことを見上げると、彼も同じくらい顔を真っ赤にしていた。
それに嬉しいと思うと同時に、凄く恥ずかしくなって。
アルバはライの手を、ぱっと離した。


「あ、あのっ・・・」
「いいのか?」


咄嗟に言い訳しようとした言葉は、ライの力強い声に遮られる。


「え・・・?」
「アルバは、それでいいのか?本当に」
「ラ、イ・・・」
「オレのところに、戻ってきてくれるのか・・・?」


どこか縋るような瞳を向けてくるライに、アルバは大きく頷く。
自分の言葉に、嘘はなかった。
どんな時でもイチバンに無事を知らせるのは、彼でありたかった。
ライは驚いたように微かに目を見開き、ぱっと嬉しそうに破顔した。


「へへ、ありがとな。アルバ」
「っ・・・うん」


それはずっと自分が見たかった心からの笑顔で。
アルバにも自然と笑みが浮かび、ライににこりと笑い返した。
大切な人を、何があろうと独りにさせたりなんかしない。
アルバはライを見つめながら、自分のした誓いを固く心に刻み込んだ。














跪くアルバは格好いいだろうな、とか思いまして。
いや、そもそも騎士は跪くと思ってるあたりがアレなんですが(笑
逆でもいいような気もしますが、アルバにキスしてもらいたかったので。
でもなんだか、微妙にアルライっぽくなってしまったような気がしないでも・・・。