君の笑顔と僕の笑顔と
夜中にふと目が覚めて、なぜだか寝付けなくなってしまう。
僕は周りの人達を起こさないように、そっと部屋を抜け出すと、そのまま外へと向かった。
「寒いなぁ・・・」
外の寒さに思わず呟きながら、それを少しでも紛らわそうとハーッと息を吹きかける。
生暖かいようなそんな空気が、ほんのりと僕の手を温めた。
辺りからは物音ひとつ聴こえてこずに、音といえば際限なく吹きつけてくる風が耳の中で小さく木霊するくらいだ。
右も左も、前か後かも分からないような漆黒の闇には、ただ微かに輝き続ける星たちだけが点々と散らばっていた。
辺りを照らしてくれるはずの月さえも、その姿は見当たらない。
僕はそんな夜空を眺めていると、不意に懐かしいようなそんな感覚に陥る。
そういえば以前にも、こんな空を見たことがあったかも知れない。
一度大きく深呼吸をして、曖昧な記憶をたどるように、重くなった目蓋をゆっくりと下ろした。
『いい、リューグ?星に願い事をするとね、そのお願いが叶っちゃうのよ』
母さんはその場にしゃがみ込んでリューグに目線を合わせながら、朗らかに微笑んだ。
リューグはそれを聞いた途端、無邪気に笑いながら頻りに感嘆の声を上げる。
『うわー、すっげーなぁー』
そんな2人の様子を一歩後ろの離れた所から、父さんが優しげな眼差しで見つめていた。
僕はと言えば、母さんの話をくだらないと鼻で笑ってろくに聞いていなかった気がする。
当時の僕は、それこそ結構な無茶も平気でやるような子供だったけど、それ以上にどこか冷めていた。
だからあまり笑うこともなくて、もちろん星に願えば叶うなんて夢物語が信じられるはずもない。
だけど、リューグは違っていた。
よく笑うし、くるくる表情が変わって、あんな夢物語もなんの疑いもなく信じてしまう。
僕はそんなリューグの純粋さがほんの少し羨ましくて、そしてすごくいとおしかった。
笑わない僕の変わりに、その分彼が笑ってくれるんだから。
リューグはもちろん、両親も大好きだったし、すごく幸せだった。
そう、あの日がくるまでは。
『父さんっ!!母さんっっ!!!』
思い出すのは、大切な人が血に染まっていく光景と、悲痛な叫び声。
にわかには信じられなかったけど、その日、両親は死んだ。
悲しんでいる暇もなく、葬式やらの準備に追われ、それらが終わった頃にようやく一息吐くことが出来た。
人はこうも簡単に死んでしまうんだと、ある種諦めのような絶望感に襲われる。
「リューグ、・・・・?」
ふとリューグの顔が見たくなって辺りを見渡してみるが、その姿がどこにもない。
まさか、リューグまでいなくなってしまったんじゃないか。
僕は漠然とした不安に駆られ、急いで部屋を飛び出した。
「リューグッ!!」
大声を張り上げながら、必死に辺りを駆けずり回る。
足が縺れ、息も切れ切れになってきた時、ようやく彼の姿を見つけることが出来た。
彼は1人、闇の中に佇んでいた。
僕の存在には気付いてなかったみたいだけど、リューグが無事だったことにホッと胸を撫で下ろす。
けどその安堵も束の間、僕の耳の飛び込んできたのは、悲痛な叫び声だった。
『お前らに願えば、なんだって叶えてくれるんだろッ!?だったら、返してくれよッ!!
俺の大切な2人を返してくれよォォッ!!!』
星の散らばる夜空に向かって、リューグはそう泣き叫んでいた。その姿は見ていられないほどに痛々しくて。
だから、嫌だったんだ。
あんな叶いもしない夢物語は所詮、誰かを傷つけるだけなんだから。
そしてその日から、リューグはほとんど笑わなくなった。
いや、笑わないだけじゃなくて、あんなにくるくる変わっていた表情でさえもなくなっていた。
ただ力だけを求めて、がむしゃらに生きる彼を見るたびにズキンと胸が痛んだ。
そんなリューグに何か出来ることはないかと考え、それから常に笑顔でるようになった。
君が僕のかわりに笑ってくれたように、今度は僕が笑おう。
それが僕に出来る唯一のことだと思うから。
だけどいつか、いつかきっと、大好きな笑顔をみせてくれるよね?
下ろした目蓋をゆっくりと上げ、小さく溜め息を吐いた。
いつのまにか風はやんで、月もその眩しい姿を見せていたことに気がつく。
漆黒の闇の中に、一筋の光が差し込んだ。
「星になんか願わなくたって、僕が君の願いは叶えて見せるさ・・・」
僕から一番近い星に向かって手を掲げ、それをギュッと握り潰す。
星になんか、願わない。
君の笑顔もすべて、僕がこの手で守ってみせる。
本当の笑顔を見せてくれるその日まで、僕は笑っていよう。
幼い日の、思いを胸に――――。
なんだかロッカの片思いっぽいですが、あくまで家族愛です(笑
ロッカが昔無茶をするほうだったという話から、妄想が変な方向へ・・・・・・
リューグがロッカの無茶を止める話もいつか書いてみたいものです。
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