こどものココロ


それは彼にしてみれば、なんの気なしの行為だったのだろう。
お客がすべていなくなった、お昼を少し過ぎた時間。
発端となったのは、アルバの一言からだった。
「ほら、コーラル。ここ、米粒くっついてるよ」
その言葉に、え?と声を出したのは、しかしコーラルではない。
アルバの目の前に座っていたライが、驚いたように目を見開いた。
コーラルの頬についた一粒のそれを、苦笑しながら手にとり。


ぱくりと。


なんの躊躇いもなく、アルバはそれを口にしたのだ。
そればかりか、おまけとばかりにぺろっと指まで舐め上げて。
ちらりと覗いた紅い舌に、ライはごくりと喉を鳴らした。
「ライ?どうかした?」
「っ・・・!?」
怪訝そうなアルバの声で、ハッと我に返る。
困惑の色を浮かべた瞳とかちあって、先の出来事が頭のなかに蘇ってきた。
がたりと、椅子から立ち上がる。
「なんでもねぇっ!アルバの馬鹿っっ」
「へ?えっ、らっライ!?」
言うだけいって、ライはそのままどたどたと立ち去っていく。
一方、いきなり暴言を吐かれたアルバは、わけがわからず頭を捻る。
「・・・おいら、何かしちゃったかな?」
困ったように眉根を寄せて問掛けてくるアルバに、ルシアンはただ苦笑を返すことしか出来なかった。
その隣で、
「お父さん・・・心、狭い」
ポツリと呟かれた言葉は、誰の耳にも届くことはなかった。







    *  *  *  *  *  *  *  






がむしゃらに剣を振り回していたせいか、大量の汗が額から噴き出す。
乱暴にそれを拭いながら、はぁっと深い溜め息を吐いた。
「なにやってんだ、オレ・・・」
動いていないと、途端に自己嫌悪に押し潰されそうになる。
ライは再び剣を構え直して、しかしそのままそれを遠くへ放り投げてしまう。
がああっと頭を抱えて、その場にしゃがみこんだ。
「・・・ガキすぎだよな、ホント」
子供じみた、ちっぽけな独占欲だというこはわかっている。
それも相手は、あのコーラルだというのに。
けど、それでも。
あんな風に、自分以外の誰かに優しく触れたり。無防備な姿を見せたり、してほしくないのだ。
それがアルバのいいところで、そんな彼が好きでもあるんだけど。
「矛盾・・・してるよなぁ」
らしくもなく、ライが自嘲気味に呟いたときだった。
聞き間違えるはずのない、柔らかな声が耳に届いた。
「ライっ」
「ア、ルバ?」
驚いて顔をあげると、案の定そこには彼の姿があって。
ライは無意識のうちに、のろのろと立ち上がっていた。
駆け寄ってきたアルバは少し息を切らしながら、にこっと微笑んでくる。
「よかった、ここにいたんだ」
「あっ、ああ。どうしたんだ?」
とっさにそう問掛けてしまって、ライは自分の馬鹿さ加減に呆れてくる。
そんなもの、決まってるじゃないか。
あんな風に怒鳴ってしまったら、誰だって気になって追い掛けてくる。
それがアルバなんだから、なおさらだ。
「あ、うん。あの、さっきのことなんだけど」
案の定、アルバは言いながらしゅんとしたように顔を俯かせて。
ライはハッとして、ばたばたと手を振った。
「あ、あれは、その・・・なっなんでも無いんだ!」
「えっ?何でもって・・・」
「うん、何でもないから。ホント、ごめんな」
顔の前で両手を合わせて、アルバに向かって頭を下げる。
そう、何でもないのだ。
謝って、何もなかったことにしてしまったほうがいいのだ。
あるいはそれは、自分の保心の為だったのかもしれないけど。
思ったら、また自己嫌悪にさいなまれそうになって。
ライはふと、温かな体温を感じた。
「アルバ・・・?」
不思議に思って顔を上げると、真剣な瞳のアルバと眼が合った。
「あの、ライ。おいらさ、何かしたんだよな?」
「ちがっ・・・なんでも」
「なくないよ。ライのことだから、分かるんだ」
「え・・・」
ただひたすらに、アルバの声は静かだった。
彼はライを見つめながら、淋しそうに微笑んだ。
「おいらだって、大切な人のことくらい気付くよ。ライ」
「オ、レ・・・」
「だから、何かあったらならちゃんと言って欲しいんだ」
ぎゅっと、ライの手を握り締める。
アルバの真剣な思いが伝わってくるようで、ぐっと胸がつまった。
「オレ、は・・・オレはさ」
唇から漏れる声が、微かに震える。
それでもライは、しっかりとアルバと向き合った。
「・・・いや、だったんだよ」
「いや?」
こくりと、ライが頷く。
「ホントさ、ガキっぽいって思うんだけど。アルバが・・・」
「おいらが?」
「その、な。あんな風なこと、してるの見てたら・・・」
情けなくて、段々と声が小さくなっていく。
そのせいか、アルバが不思議そうにきょとんと首を傾げて。
聞こえなかったのかと思ったが、どうやら違ったらしい。
アルバはきょときょとと目を瞬かせた。
「あんな、って・・・?」
「そ、れは・・・」
溢れるような呟きに、ライはうっと言葉につまる。
「なに?」
「だっ、だから!」
もうこれ以上、情けないことなんて言いたくない。
というか、ここまで言ったんだから察してくれてもいいんじゃないか。
そう思ったら、だんだんとイライラしてきて。
全くの逆ギレだとは分かっていても、どうしよもなかった。
「つうか、ここまで言ったんだから少しくらい察しろよ!」
「ら、ライ!?」
「だいたいアルバはいっつもいっつも、無防備すぎるんだよっ」
「そんなこと」
「あるっ。あれじゃいつ襲われても、文句なんか言えねぇからな」
「おっ、襲われないよ!おいらがいつそんな・・・」
「いつだって!?よくそんなことが言えるよな。さっきだってコーラル・・・に」
勢いのままに言ってしまって、ハッとする。
ライの額から一筋、冷たい汗が流れた。
「・・・コーラルって?さっき?」
アルバはライの言葉を必死に考えているようで、うーんと首を捻って。
あっと、小さく声をあげた。
「お昼の、あれ・・・?」
「うっ・・・」
ライは思わず図星ですという顔をしてしまって、それを見たアルバがわたわたと慌てだす。
「あっ、あれはついやっちゃったって言うか・・・その、おいら家族が多くて」
「分かってるよ」
アルバの言葉を遮って、ライが溜め息混じりに告げる。
そんなこと、最初から分かってる。
分かってるけど納得できない。
ここまで言ってしまったらもう同じだと、ライは拗ねた様にぷいっと顔を背けた。
「そんなの知ってるけど、嫌だったんだよ。アルバは、オレのなのに」
「へっ!?」
「なんだよ。違うのか?」
「ちがっ、違くないけどっ・・」
かぁっと顔を真っ赤にしてもごもごするアルバをちらりと見て、すぐにそっぽを向く。
その横顔には微かな朱色が差し込んでいたのだが、アルバがそれに気付く様子はなかった。
まさか、あんなにあっさり肯定の返事が返ってくるとは思わなかったライである。
「あの、ライ・・・」
暫くあらぬ方向を見つめていると、アルバからおずおずと呼び掛けられる。
まだ若干熱が冷めていなかったが、ライはその声に誘われるままに振り返って。


ふわっと。


彼のにおいとともに、柔らかな髪が体に触れた。
無意識に、頬に手を当てる。
「今の・・・って・・・」
かすれ気味の声で、ライが呆然と呟く。
微かな温もりが、そこにはまだ残っていた。
大きく目を見開くライのことを、アルバが上目使いに覗き込む。
「・・・ごめん、な?」
そのうえ、こてっと首を傾げながら告げられて。
かぁっと、ライの顔が真っ赤に染まった。
(オレ、アルバには一生叶わない気がする・・・)
心臓を煩いくらい鳴り響かせながら。
ライはそんなことを思ったのだった。












ライの嫉妬話が書きたかったわけではなく、
ただアルバの米粒パクリが書きたかっただけです(笑
それだったら、素直にライにしてもらえばよかったんですけどね・・・
やっぱり勿体無いですから(何が