屈折
甘ったるいようなむさくるしいような、とにかく鼻に付く臭いが部屋中に充満している。空気の入れ替えでもしようと思ったけど、そんな気力もなくて思わず溜め息が漏れた。
事が終わったあと、胸に込み上げてくるのは決まって寂寥感で。
それでも俺はこの行為を、というよりはこの関係をやめる事が出来ないでいた。
ちらりと隣を見ると、薄っすらと汗ばんだ肌がシーツにべたついて、鬱陶しそうにしている先生の姿が目に入る。
いつからだろうな、それに気付いたのは。
「先生は、誰だっていいんだろ」
こんなこと、訊くだけ無駄だって分かってる。もしかしたら、訊く必要なんて何処にもないのかも知れない。それでも俺は、縋りたかったんだ。少しでも、可能性があるなら。
先生はきょとんとして、俺のことを見つめ返してきた。
「どういうことだ?」
何のことか、分からないはずないのに。あっさりと、先生はそう言ってきた。
俺は先生のどこまでも無垢な瞳に居心地の悪さを感じながらも、視線を外そうとは思わなかった。
静かに、口を開く。何故わざわざ、俺がこんなこと突きつけなければならないのだろう。
「・・・・あんたは、自分に優しくしてくれる相手なら誰だっていいんだろ」
「・・・ナッ、プ?」
「俺じゃなくったって別に・・・」
「そんなことっ・・・」
先生は俺の言葉を遮るように勢い込んで言って、すぐに悲しそうに顔を俯かせる。
そんな顔をさせてしまっていることへの罪悪感からなのか、ズキンとやけに胸が痛む。だけどそれと同時に、俺のなかに冷めた心があるのも事実で。こんな奴に胸を痛める必要があるのかと、そう囁いてくるのだ。
そう、俺は、知っているんだ。先生が、俺以外の奴ともこういう関係でいることを。
昔は胸を張って先生のことを恋人だと言うことが出来た。この人が恥ずかしがるから島の皆に公言したことはなかったけど、それでもよかったんだ。ただ俺と先生が、同じ想いを持っていてさえくれたら。今となっては、それすらも彼の策略だったとしか思えないけど。
この人に、どれだけの相手がいるのかはわからない。けどひとつだけ確信を持って言えるのは、このことに気付いているのは俺だけだろうということ。
気付いた理由なんてものに、明確なきっかけがあったわけじゃない。
実際にそういうところを目撃したわけでも、誰かから話を聞いたわけでもない。
ただ俺が、誰よりも側で近くで、先生のことを見ているから。
誰よりも、先生のことが好きだから。
「ナップ・・・」
俯かせていた顔を上げ、先生が俺のことを見詰めながら小さく微笑む。
どことなく淋しげで、儚げで。
俺はギュウっと胸が締め付けられるのを感じた。
「俺は君が思ってるよりずっと・・・ちゃんと君のことが好きだよ」
「・・・・・・」
いつもと変わらない優しい声。
それでも俺は知っているから。変わらないからこそ、そうなんだって。だから、もうそれで俺の心が揺さ振られることはない。
俺たちは暫くのあいだ、まるで呼吸するのも忘れたかのようにじっとお互いのことを見続けていた。
「俺のこと、信じられないか?」
唐突に、重苦しい空気を破るように先生が尋ねてくる。
もう、信じるとか信じないとか。信じられるとかられないとか。そういうことじゃないんだ。
俺は答えるべき言葉が見つからず、変わりに初めて自分から顔を背けた。
「そっ、か・・・」
先生の息を呑んだような声が聞こえてくる。
顔を見なくても、分かる。先生はきっと、すごく傷付いた顔をしているんだろう。
もう頭のなかがぐちゃぐちゃで、何がなんだか分からなくなってきた。
そんな顔、させたいわけじゃないのに。いつだって、笑顔でいてほしいのに。
俺はどうしたい。一体、何をしたいんだ。
「好きだよ・・・」
ポツリと、呟くように先生が言う。
その声に導かれるように、俺は知らず先生に視線を戻していた。
「君が俺のこと信じられなくても、俺のことがすきじゃなくなっても。・・・俺は好きだからさ、ナップ」
震える肩に、震える声。
この人は、こんなに小さかっただろうか。
もう何も変わらないと思っていてのに。先生の言葉に、心が反応することなんてないと思っていたのに。
どうして、どうして、どうして。
演技だとしても。偽りの言葉だとしても。想いなんてどこにもないとしても。
そんなこと、もうどうでもよかった。
「・・・っ」
ああ、俺は馬鹿だ。
どんなに色々考えても、結局俺は先生のことが好きなんだ。
たとえこの人が、俺だけのものじゃないとしても―――
「ごめん、先生。ごめんな」
「ナップ・・・んっ・・」
そっと、先生の唇に口付けを落とす。先生を安心させるためだけの優しいキス。
俺はにこりと、先生に笑いかけた。
「俺も好きだよ。せ・・・レックス」
嘘でも偽りでもない。俺の本心。
もうそれだけで十分だ。俺が貴方を想っているというそれだけで。
だからね、貴方が堕ちるところまで、俺も一緒にいってあげるよ。それが、俺に残された唯一の可能性なんだから。
報われない関係なナプレクでした。暗すぎだ・・・
でも愛はあるんですよ、先生もナップのことちゃんと好きなんですよ!?
というか、3ってこんなのばっかり書いてるような・・・(汗
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