管理人さんといっしょ! 〜出逢い編〜
春がきて夏がきて秋がきて冬がきて。
季節が一巡りして、町も人も、緩やかにその姿を変えていく。
舞い散った桜が一片、窓の隙間から入り込んできた。
―――ああ、今年も春がきたんだ。
はしゃぎ声に誘われるように、ふと外の景色に目を向ける。
桜並木の下を、楽しそうな親子が仲良く歩いていた。
真っ赤なランドセルを背負って、新生活の期待に目を輝かせているのだろう。去年までとは違う自分に、不安を覚えているのかもしれない。
それでも、そう思う。
「・・・変わらないよりはずっと」
ポツリと漏れ出た言葉は、何も変わらない現状への焦燥感からだろうか。
希望を胸に上京してきたはずが、何もかも上手くいかず未だにこんな場所で腐っている。
はあっと深いため息を吐き出したときだった。
「おっ、やってるな。まあ受験に失敗したぐらいで落ち込むな」
空気を読めない能天気な声が響き、けらけらと楽しそうに笑う。
確かに自分は受験に失敗したけども!
確かに目の前に広げた参考書が手付かずになるほど落ち込んでいるけども!
そうして睨むように視線を向けた相手は、予想通りの人物だった。
「・・・グラッドさん」
「おう、皆の兄貴グラッドさんだ。悩み事ならそ、」
「あんたに相談することなんてない。そして出ていけ」
「ま、まあまあ。人生なんてそんなもんだ。身の程が大事なんだよ」
それはつまり、オレには三流大学がお似合いだということか!
声にしかかったそれを、ぐっと飲み込む。
彼に何を言っても暖簾に腕押しにしかならないのは、経験上身に染みていた。
今だって、自らが酔ってぶち抜いた壁からひょっこりと顔を覗かせているような人間だ。
「言いたいことはそれだけか?用がないなら本気で出てってほしいんですけど」
「つれないこと言うなって。ほら、酒もあるぞ」
「また酒かよ!」
この人は―――否、ここに住んでいる人たちは、いつだってそうだ。
何かあれば、酒。酒。酒。やれ宴会だ、酒盛りだと騒いでばかりいる。
よく考えれば、試験前日もこうして騒いでなかったか、こいつら。
「っっ・・・!」
「お、ライくーん?」
何故、どうして自分はこれまで耐えていたのだろう。
イライラする。間延びしたように名前を呼ぶ声もきょとんとした間抜け面もなにもかも!
「・・・て、やる」
「は?」
よく聞き取れなかったのだろう、グラッドがばちりと瞳を瞬かせる。
そんな仕草すら頭にきて、勢いのまま立ち上がって鋭い視線で見下ろした。
「こんなとこ、出てってやる!」
ああそうだ。なんでもっと早くこうしなかったんだ。
おあつらえ向きに手近にあった鞄を引っ掴んで、必要最小限のものだけを詰め込んでいく。ぽっこりとなったそれを担ぎ上げて、呆然としたままのグラッドににっこりと微笑んだ。
「それじゃ、いままでお世話になりました」
どすどすと足音を鳴らしながら、一気に階段を駆け下りる。
後ろから待てだの考え直せだの戯れ言が聞こえるが、そんなものは無視だ。
誰であろうと、この石よりも固い意志を覆すことなど不可能であり、そして。
「・・・へ?」
そんな決意ある思考をぶったぎるように、がらりと玄関の扉が開いた。
とは言っても、それ自体は別に不思議なことでも何でもない。いくらボロいといっても列記としたアパートである以上、帰ってくる人間はいる。
しかし、しかしだ。扉の前に立っているその人物には、全く見覚えがなかった。
「あう、えと、の?」
問いかけようとして、上手く言葉が出てこない。
柄にもなく緊張しているのか、どきどきと鼓動がうるさかった。
その人はどうやら茶っけのある髪を後ろで縛っているようで、尻尾のようにゆらゆら揺れる様がなんだか可愛いらしい。小柄な体躯と相まって、なんだか小動物のようだった。
「お出掛けですか?」
柔らかな心地よい音を響かせた声に、大きく心臓がはねる。
出掛けるんじゃありません、出て行くんです!
そんな反論は、頭の片隅にも上らなかった。
「えっと、そうだ。自己紹介をしないと!」
そんな自分をどう思ったのか、彼が思い出したようにポンと手を打つ。
ふんわりと笑いながら、ぺこりと頭を下げた。
「初めまして、おいらアルバっていいます」
「あ、るば」
「はい!」
確認するように呟いた声に、こくんと頷く彼に自然と顔が綻んでいく。
新しい入居者だろうか、それとも誰かの知り合いだろうか。
そう考えたところで、彼自らがその答えを告げてくれた。
「今日からここの管理人になりました!」
「ああ、管理人さんか・・・って、え!?管理人!!?」
「はいっ、よろしくお願いします!」
何故自分とそう年の変わらないような彼がこんなボロいアパートの管理人になることになったのか。
そもそも本来の管理人はどうしたのか。
気になることはあったが、そんなことはすべてどうでもよかった。
重要なのは彼がここの管理人になるということであり、ここに住んでいる限りは彼の世話が受けられるということだ。
「君が新しい管理人さんか、オレはグラッド。よろしく」
「グラッドさんですね、よろしくお願いします。えと、それで・・・」
「ああ。そいつはなんか今日で出てい」
「ライだ。よろしくな、アルバ!」
「らっ!?出ていくんじゃなかったのか!?」
「ははは、何言ってるんだよ?疲れてんのか?」
「おま・・・・・・!」
「ライさんですか、よろしくお願いします!」
「ああ!」
固いはずだった決意はいつのまにか紙切れのごとく薄くなって、何処へとひらひら飛んで行ったようで。
ライはこの出逢いを与えてくれたアパートに感謝しながら、アルバに名前を呼ばれた嬉しさを噛み締めるのだった。
ぼんやりとめぞんパロを意識してみましたが、あくまで雰囲気だけです(笑
そして何が書きたかったって、グラッドをさんづけで呼ぶライとライをくん付けで呼ぶグラッドですよ!
出会い編と銘打ちつつ、続きを書くつもりはないとかなんとか。
管理人さんなアルバは絶対可愛いと思うんだ・・・!