俺の恋人
『稽古に行ってくる』
たった一言そう云っただけで、何故こんなことになるのか、彼には分からなかった。
はぁっと深い溜め息を吐きつつ、騒がしい一団を一瞥する。
まだまだいざこざが終りそうにないのを確認すると、手近にあった荷物を持ち上げ、不機嫌そうに言い放った。
「おい、俺はもう行くぜ」
「「「リューグ!?」」」
その声に言い争っていた3人―――マグナ、ロッカ、ネスティは皆一様にリューグのほうを振り返る。
その動作があまりにもピッタリだったことに驚き、一瞬怯んだリューグのもとにマグナが詰め寄っていく。
「ちょっ、ちょっと待ってよ!!まだ一緒に行く人が・・・」
「別に、もう俺1人でかまわねえし」
マグナの言葉を淡々とした態度で遮り、リューグはそのまま歩き出そうとする。
それを見たマグナが焦ったように、リューグの袖を掴んで慌てて引き止めた。
「でっでっでも!!稽古は1人より2人のがいいだろ?」
「それは・・・まあ、そうだけどよ」
確かに1人でやるよりは2人でやったほうが能率はいいので、リューグは渋々頷く。
その答えを聞いて、マグナはホッと安堵の息を吐くと、彼らしい明るい笑顔を見せた。
「だよな!!だから俺が・・・・」
「ちょっと待ってください!!」
最後まで云い終わるのを待たずに、マグナの言葉に別の声が重なる。
リューグはまたか、と思いながら声のしたほうを振り向いた。
「どうして行き成りマグナさんが行くことになってるんですか!?」
怒気を含んだ声を張り上げているのはロッカ。
「まったくだ。いつどこでそうなったのか、教えてもらいたいな」
ロッカに続くようにして、冷淡な言葉を投げかけているのはネスティ。
「うっ・・・それは・・・・・・」
云い返す言葉が見付からず、もごもごと口ごもっているのがマグナ。
「・・・・・・・・・・はぁ」
先程となんら変わりない光景を見て、リューグは頭がくらくらするのを感じた。
つまり、この3人はリューグが『稽古に行く』と云い出したことから、誰がそれについて行くかということで云い争っているのである。
リューグとしては別に誰が来ても構わないし、むしろ全員で行ったほうがお互いの為にもなるしいいんじゃないかと云ったのだが、彼らがそれを嫌がるので仕方なく論議が終るのを待っているというわけだ。
だがあまりにも長々と争っているので、痺れを切らしたリューグが1人で行こうとしても、ああして誰かに止められてしまう。
さっきからその堂々巡りで、ほとほと困り果てていた。
「ネスがいったって、剣の練習相手にはならないだろっ!!」
「確かに剣の相手にはならないが、召喚師相手の対処だって必要だろう」
「そうですよ。それこそマグナさんは相手になりませんよね、召喚師のくせに」
「う゛っ・・・」
ネスティとロッカが組んでマグナを叩くという変わらない構図を眺めながら、これからどうしたものかと考えていたときだった。
突然、後ろから声をかけられる。
「困ってるみたいですね」
「うわっ!!!」
驚いて飛び上がったリューグをクスクス笑いながら、その人は彼の側まで近寄っていく。
リューグはどこか嫌な予感を感じながら、上擦った調子で声をかけた。
「あ、アメル・・・なんだ?」
「あら、リューグ。何をそんなに脅えてるんですか?」
「べっ別に、そんなことないぜ」
「そうですか」
そう云って、アメルは専ら天使の微笑みと噂される極上の笑みを浮かべるが、リューグにとっては悪魔の微笑みにしか到底みえない。そんなことを知ってか知らずか、彼女はにこにこと楽しそうにリューグに笑って見せた。
「困ってるなら、助けてあげますよ」
「助けるって・・・何をだ?」
「そんなの決まってるじゃないですか。この状況からです」
「は?なんとかなるのか!?」
自分でも困り果てたこの状況をなんとかしてくれるなら、それがたとえアメルであっても、それほど有り難いことはない。
そう思って顔を窺うと、彼女は力強く妖しげな笑みを浮かべていた。
絶対なにか企んでる。
そう直感したリューグは、すぐさまアメルから遠ざかろうとするが、時既に遅し。
「リューグ」
高めのアルト声で名前を呼ばれ、観念せざるを得なかった。
「ちょっと、耳を貸してください」
「耳?」
「ええ、早く」
「あっ、ああ・・・」
恐る恐る耳を差し出すと、アメルが何事かを囁きかける。
リューグも熱心にそれを聞いていたが、彼女が喋るごとにどんどん顔を赤らめていく。
「だから――――すれば大丈夫ですよ」
「なっ・・・!!?」
最後に云われた言葉に、リューグは思わず絶句する。
そんなこと、出来るわけがない。そもそも、何故自分がそんなことまでしなければならないのか。
イライラする気持ちを抱えつつ、リューグはもう1度あの騒動のなかへと目を向けた。
「もういい加減にしてくれよっ!!」
リューグの耳に、マグナの逆ギレともつかないような声が届く。
「リューグは俺の恋人なの!!だから、2人はすっこんでてよ!!!」
「君のような楽天人間に、彼を任せられるわけがないだろう」
「だいたい、僕は大切な弟の恋人があなただなんて認めてませんから」
「ロッカに認めてもらう必要なんてないっ!!リューグは俺の恋人なんだから俺が面倒見る!!リューグは俺のものなのっっ」
そんな3人のやり取りを一通り聞いたあと、アメルが再び声をかけてくる。
「って、マグナは言ってるみたいですけど?」
心底楽しそうに笑いながら、茶化したように問いかけるアメルに悔しさを感じつつも、彼女には一生敵わないだろうと頭の片隅では思っていた。
「はあっ・・・・・」
今日何度目か分からない深い溜め息を吐きながら、騒がしい集団へと足を向ける。
考えてみれば確かに自分はマグナの恋人なわけだし、この3人から誰かを選ぶならマグナを連れて行くのが普通だろう。でも、自分は3人でと云ったし、誰が来てもいいと思ってたし、そんな気持ちがマグナを不安にさせていたのかも知れない。
だから、たまにはこういうのもいいんだろう。
ふぅと軽く息を吐くと、いまだにぎゃんぎゃん云っているその中の1人に呼びかけた。
「マグナ」
「いい加減に・・・・・って、リューグ?」
困惑した表情で見つめてくるマグナのもとに近づいて、少しだけ背伸びをする。
そして、彼の頬に軽く唇が触れるだけの、キスを落とした。
「リュッ!!?」
「「!!!?」」
マグナはともかく残り2人も絶句しているなかで、リューグは照れたように僅かに頬を染めながら、小さく俯く。
それでもマグナの腕をがしっと掴むと、足早に歩き出した。
「行くぞ」
「えっ、ちょっ!?行くってどこに!!?」
「稽古」
短くそれだけ答えると、ずんずんと外に向かって足を進める。
マグナはぱあっと明るい笑顔になると、
「うんっ!!」
と大きく頷いた。
幸せそうな2人の後ろ姿を、残された彼らはただ呆然と見送っていた。
リューグがモテモテな感じで。
そしてアメルが多少(?)黒いです。
でも、個人的にはそんな彼女がとても好きだったり。
アメルとリューグはこんな感じがいいなぁと。
彼女が何を吹き込んだかはご想像にお任せということで(笑
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