背中越しにナイフ
自分が彼に対して焦っている。
その事実が、酷く僕を苛立たせた。
「何かご用ですか、マグナさん」
心音が、五月蝿い。
耳障りなそれは、けれどどれだけ落ち着けと言い聞かせても速くなるばかり。
発した声は、震えていなかったはずだ。
「やだな、ロッカ。なんか言葉に刺があるよ?」
冗談っぽく言いながら、いつものように明るく笑う。
楽天的、だけどお人好しで困った人はほおっておけない。そんな、とても優しい人。
彼と関わったことが少しでもあれば、誰でもそういう印象を持つだろう。
本当に、嫌になるほどよく似ている。
にこりと、いつもそうするように僕も笑った。
「まさか。そんなことありませんって」
「えー、ホントに?」
「そうですよ。マグナさんの被害妄想です」
「うわ、ロッカ酷いよ」
「自業自得ですよ」
なんてことはない、軽口の応酬。
2人分の楽しそうな笑い声が、廊下に響き渡った。
ああ、なんて薄っぺらい。
日常風景に組み込まれていることへの違和感。
景色も空気も、僕のまわりのものスベテが歪んでいた。
「・・・」
息を吸いこむ。
けれど酸素が脳まで届かないのか、酷く苦しい。
このままだと、呼吸困難で死んでしまいそうだ。
でもそしたら原因は彼になって、もう二度とあの笑顔を見られなくなるに違いない。
うん、だったらそれもいいかもしれない。
「ロッカってばなんで笑ってるの?」
不意に掛けられた声に気付くと、目の前で彼が小首を傾げていた。
その完璧なまでの表情は、最早称賛に値するだろう。
なんで、なんてよく言ったものだ。
「すいません、ちょっと考え事を」
「考え事?」
「ええ」
にこっと笑って、頷く。それはハジマリの合図。
ここで死ぬことが出来なくなったけど、それも仕方ない。
「マグナさんに殺されるのもいいかなって」
音が、びりびりと広がっていく。
彼の口元には、いつの間にか笑み。
「まあね」
ピシリと、その一言で変わった。
それは本来のあるべき姿。
寸分の狂いなく填まったパズルのピース。
日常から逸脱した、日常。
きっと知らないんだろう。
兄弟子だと呼ばれるあの人だって、彼のこんな笑い方。
「俺のこと嫌いだもんね、ロッカ」
「ははっ、そんなことありませんよ?」
「ああ、恨んでる?いや、憎んでるって言ったほうがいいのかな」
にこにこと笑いながらそんなことを言う彼は、とても正気とは思えない。
そう思われることなどどうでもいいような、まるで他人事。
いや、実際そうなのだろう。
あれこれと誰に対しても優しくしておきながら、その実優しくした相手のことなど覚えてもいない。
心底どうでもいいんだろう、自分以外の人間なんて。
楽になった呼吸で、ふっと息を吐いた。
「マグナさんだって、僕のこと嫌いでしょう?」
「えっ、ああ。うん、そうかも!」
「・・・何をそんなにはしゃいでるんですか」
流石に僕でも呆れてしまう。
面と向かって嫌いだと言うのに、この嬉しさに満ち溢れたはしゃぎっぷりはなんだ。
じとっとした目線に気が付いたのか、へらりと照れたように笑った。
「だってさ、『嫌い』なんだよ。ロッカのこと」
「・・・ああ」
表情と言葉が全くあっていないが、そこに違和感はない。
まるで愛の告白。
もしかしたら、それそのものなのかもしれないが。
「皮肉なものですね」
やっと巡り合えた、運命の人。
普通だったら当たり前のように恋をして、甘い甘い関係を育んで。
想像でき得る、シアワセナミライ。
例えばそれは、どちらかが女だったら。
例えば僕が、僕の半身と一緒に生まれてこなかったら。
「カミサマって残酷だよね」
「優しさなんじゃないですか、案外」
「ああっ、それもあるかも!」
ぽんと手を打って、彼は楽しそうに笑う。
不思議なものだけど、僕は彼のこういう笑顔は嫌いじゃない。
普段のそれは、不愉快極まりないというのに。
「安心してよ」
静かな声が、広がりながら鼓膜を震わせる。
らしくない、落ち着いた声色。或いはこれが本来か。
何を、そんな問い掛けは無意味だと知りながら、視線だけを向けた。
「俺はロッカのこと殺さないし」
「むしろそれは、安心なんですか?」
「安心だろ?別にロッカにとってじゃないけどさ」
そんなこと、言われるまでもない。
だから僕も、マグナさんもと言葉に乗せた。
「安心してくださいね」
「そうなの?」
「はい、僕は殺そうなんて思ってないですから」
にこり笑うと、彼が拗ねたように唇を尖らせる。
無邪気のなかの邪気。こういうのも、純粋と言うのだろうか。
「俺は殺してくれたっていのに」
「それはお互い様でしょう」
「それもそうだけどさ。あーあ、残念」
「まったくですね」
肩を竦めて、溜め息。
これからどれだけの人間を殺すことになろうとも、彼を殺すことだけは絶対にない。
幸せを与えてやるような真似、誰がするものか。
いなくなればいい。
お互いがお互いを邪魔なくせして、だからこそどうしよもない泥沼にはまっていく。
抱え切れなくなった憎悪は、いったい何処へいくんだろう。
「そのうち大爆発でも起こしそうだよね」
「いっそのこと、そのほうが嬉しいですよ」
「俺としてはさっさと弟離れしてほしいんだけどさ、お兄さん」
「泣いちゃいますよ。そんなことしたら」
「どっちが?」
「聞きたいんですか?」
「いーや。遠慮しとく」
そこで気が付く、ひとつの可能性。
やっぱり世の中に、絶対なんてものはありはしないってことか。
「前言撤回します」
「へ?」
「絶対安心、なんてことはないみたいです」
「あははっ。お兄さんには入れない領域?」
「ええ。他人には入れない領域です」
二人視線を合わせて嗤う、噛み合わない会話。
その眼が向けられなくなるのなら、憎しみだって構わない。
僕以外の特別なんて認めない。
生憎と、そういう優しさは持ち合わせちゃいないんだ。僕たちは。
「あっ、そういえばネスに呼ばれてたんだった」
空気が、再び歪む。
息苦しい、不快感が戻ってきた。
「それじゃね、ロッカ」
「ええ、また」
ウインクをひとつ、手を振りながら去っていく。
結局速くなった鼓動は、最後まで収まらないままだった。
なんとなく思いついてしまったマグナvsロッカネタ・・・
す、すみませっ・・・!明らかにやりすぎました(汗
マグナが黒すぎる、というか病んでる・・・?
でも書いててすごく楽しかっ・・・げふん。
たまには黒いマグナもいいよね!ということでひとつ。