シュガーシロップ
最近町で話題のお菓子がある。と、そう言い出したのは誰だっただろうか。
食べたいと騒ぎ出したのはミルリーフで、それに便乗したのがリビエルで。
初めは突っ撥ねていたライも、結局はいつも通りに押し切られてしまい、御馴染みのメンバーで買いにくることになったのである。
“話題”というだけあって、やはりその人気は凄まじかった。
10分か20分か。
どのくらい並んだかも分からないが、やっとのことでお目当てのものが買え、全員ご満悦である。
もちろんルシアンもその1人で、その手にはしっかりと戦利品を握っていた。
20cmほどの長さの棒状の生地で、焼き立てなのか手で持っているとまだ熱い。
味はストロベリーやコーヒーなど様々あって、うえからシロップをかけているようだった。
ルシアンが選んだのは、何の変哲もない、最もシンプルな味だ。
プレーンの生地に、シュガーシロップをかけただけの普通の味。
姉には違うのにすればと言われて、でもこれ以外は頼む気になれなかったのだ。
ただ単に、普通の味が食べたかったんだろうと言われればそうなのだけど。
それだけじゃないことも自覚していて、目の前にいる彼をこっそりと見詰めた。
いつも真っ直ぐ前だけを見詰めている強い瞳が好きで。
初めは、そこに憧れを抱いていたんだと思う。
熱そうにしながらも幸せそうにお菓子を頬張っている姿を見て、自然と笑みが込み上げてくる。
小さく笑って、自分の手元に視線を移した。
少し躊躇して、小さく1口分だけ口にする。
ふわりと、砂糖の純粋な甘さが口の中に広がった。
やっぱりなと、嬉しいのか恥ずかしいのか分からない妙な気分で納得する。
余計な味がしないであろうプレーン味の甘さを想像して。
見ているこっちが蕩けてしまいそうな甘い甘い笑顔と重ね合わせてしまって。
もう、この味以外には考えられなくなっていた。
お菓子にまで彼の姿を見て、なんだか重症だよねと苦笑が漏れる。
「ルシアン?」
「へっ!!?」
と、突然。
思考に耽っていたところに名前を呼ばれ、思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。
驚いて顔を上げると、いつの間に側まで来たのか、アルバが心配そうにルシアンのことを見詰めていた。
「えっと・・・ルシアン?」
「えっ、ああ。うん、どうしたの?」
必死に動揺を落ち着かせて、いつも通りの笑みでにこりと微笑む。
それで幾分安心したのか、アルバがほっとしたように笑った。
「いや、なんかボーっとしてるみたいだったから。どうしたのかなって」
「そっか。ごめんね、心配かけて」
「あ、謝らなくていいって!おいらが勝手にそう思っただけなんだし」
ぶんぶんと首を振って、申し訳なさそうにアルバが目を伏せる。
こういうところがらしいなぁと思って、場違いにも頬が緩んだ。
やっぱり彼には“ごめん”じゃないんだなと思う。
「ありがとう、アルバ」
ルシアンが照れくさそうにしながら告げると、アルバもまた照れたように微笑んだ。
なんだか無性に彼を抱き締めたい衝動に駆られて、無意識にその手が動き出す。
その時だった。
「あっ」
「っ!?」
アルバが唐突に声を上げ、ルシアンはハッと我に返る。
いま何をしようとしていたのかと、頬に熱が集まるのがわかった。
さっと顔を背けたルシアンに、アルバが不思議そうに首を傾げる。
「どうかした?」
「なっ、なんでもないよ。アルバこそどうしたの?」
多少声を上擦らせながらも、何とか平静を保ちながらルシアンが問いかける。
するとまだ困惑しながらも、アルバがルシアンの手元を指差した。
「・・・これ?」
「うん、全然食べてないなって思ってさ」
「へっ・・・!?」
確かにそこには1口しか食べられていないそれが握られていて、アルバのものと比べると大分残っている。
けれどまさか、彼のことを考えていたから、なかなか食べられなかったなんて言える筈もなく。
適当に理由をつけてごまかせばいいものの、軽くパニック状態に陥っているルシアンには無茶な話だ。
そんな様子に何を思ったのか、アルバが我が意を得たりとばかりに満面の笑みを浮かべた。
「やっぱりそうだったんだ」
「や、やっぱり?」
「もっと早く言ってくれればよかったのにさ」
なんのことを言われているのかさっぱり分からず、ルシアンは首を傾げる。
けれどそんなルシアンなどお構い無しで、アルバはずいっと自分のそれを差し出した。
仄かな苺の香りが、ルシアンのところまで運ばれてくる。
「あの・・・えっと?」
「ストロベリー味。食べたかったんだよな」
「な、んで・・・?」
「へっ?何でって・・・」
尚も訳が分からず首を傾げるルシアンに、アルバもあれ?という表情を浮かべる。
きょとんとして、ぱちぱちと目を瞬かせた。
「さっきまで見てただろ」
「はっ・・・」
「おいらのこと」
「っ!!き、ききき」
「き?」
「気付いてたのっ!?」
あまりに驚きすぎて、声がおかしなふうに裏返る。
まさか気付かれていたとは思わなくて、心臓がバクバクと煩く響き始める。
対してアルバは何でもないように頷いて、にこっと笑みを浮かべた。
「当たり前だよ。ましてやルシアンだしさ」
「へっ・・・」
その台詞はいったいどういう意味なのか。
深い意味があるのかないのかも、まったくわからない。
恥ずかしいやら何やらで、ルシアンの頭がぐるぐる回りだす。
ああ、もうっ。いっその事はっきり聞いてしまおうかと思ったときだった。
ずいっと、再びそれを差し出される。
「はい、遠慮しなくていいよ」
「ああああの、アル・・・」
「ほら、あーん」
「あっ!!?」
今わかった。やっぱり彼は、深い意味など何も考えていない。
にこにこと無邪気に見詰めてくるアルバに、なんだか脱力してしまう。
彼の言動を深く考えるのはやめようと、ルシアンが決意した瞬間だった。
「えっと、じゃあ1口もらうね」
声を掛けて、ぱくりと口にする。
例え他意がないとしても、この体勢はあまりに恥ずかしい。
熱くなった頬を隠したくて顔を背けようとしたが、アルバに顔を覗き込まれてそれも阻止された。
「おいしい?」
「うっ、うん。おいしいよ」
なんとか普段通りの笑みを浮かべて返すと、アルバが安心したように胸を撫で下ろす。
かと思ったら、突然にっと悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「それじゃ、おいらも貰おうかな」
「えっ・・・」
本当に、自分がそう声に出したのかもわからない。
気付いたときにはぐいっと腕を掴まれ、ルシアンはアルバのほうに引き寄せられていた。
鼻先を、ふわりと彼のにおいが掠める。
「アルっ・・・」
「ごちそうさま」
「っ!?」
危うく理性をなくしかけたところで、アルバの声に現実へと引き戻される。
ハッとして手元を見ると、確かに言葉通り先ほどまでよりそれの量が減っていた。
「ルシアンのもおいしいな」
その声に顔を上げると、彼は相変わらずにこにこと邪気の無い笑みを浮かべていた。
そこへちょうど――おそらくはライであろう――帰るぞ、と声が掛かる。
ルシアンにも勿論聞こえていたが、何故だか足が思うように動いてくれない。
「ほら、行こう」
そんなルシアンに何を思ったのか、アルバがその手を取って走り出す。
その行為にまた痛いくらいのドキドキが戻ってきて。
アルバの笑みを見詰めながら、顔が赤い理由を今から考えておかなきゃなと。
治まりそうもない心臓を押さえながら、ルシアンは小さく息をついた。
いきなりマイナー路線でいってみました。
ライアル書こうと思っていたら、何故かルシアンに・・・
口調が掴めなくて苦労しましたよー・・・
ルシアン片思いっぽいですが、気持ち的にはルシ→←アルだったり。
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