チガウスガタ



コーヒーを注いだマグカップをテーブルに置き、そばにあった椅子へと腰掛ける。
手に持っていた本を開くと、静かにそれを飲み始めた。
ゆっくりとページを捲っては、時折りコーヒーへと口をつける。
そんなことをしながら、ちょうど半分ほど本を読み終えたときだった。
後ろから、声をかけられる。


「まーた、難しい本でも読んでんのか?」
「ん?ああ、君か・・・」


ネスティは後ろを振り返って、軽く笑う。
しかし笑顔を向けられた張本人は、どことなく不満気だ。


「ったく。なにが、ああ・・・だよ。もっと他に言うことはねぇのかっつの」
「なんだ、リューグ。君は僕に何か言って欲しかったのか?」
「なっ!?そういう意味じゃねぇ!」


悪戯っぽく笑うネスティが問いかけると、リューグはかあっと顔を赤くして怒鳴り声を上げる。
照れ隠しなのか、ガタガタと乱暴に近くの椅子へと腰掛ける彼を、ネスティは面白そうに眺めていた。


「あー・・・なんか、がなったら喉渇いた」


リューグは熱くなった頬を誤魔化すようにしながら、テーブルの上に置いてあったマグカップへと手を伸ばす。
ついさっきまで、ネスティが飲んでいたものだ。
おそらく気づいていないんだろうなと思い、一瞬考えこむように目を伏せる。
しかし何を思ったのか次の瞬間には、ネスティは薄く笑みを浮かべていた。


「うっ・・・」


コーヒーに口をつけたリューグが、いきなりむっと顔を顰める。
勢いよくカップをテーブルの上に置くと、キッと睨むようにネスティのほうを向いた。


「てめっ・・・これ、ブラックかよ!?」
「そうだが、それがどうかしたか?」
「俺が飲めないの知ってんだから、先に言えよっ!」


拗ねたように眉根を寄せる彼に、ネスティは口元を緩めると、意地の悪い笑みを浮かべた。


「それは悪かったな。僕がお子様じゃないばかりに」
「てっ、てめぇ・・・」


拳をわなわなと震わせはじめたリューグに、さらに追い討ちをかける。
このあとの展開が容易に想像できて、さらに笑みが深まった。


「しかも、僕の飲みかけだから間接キスだな」
「かっ・・・!?」


かっと、ありえないスピードでリューグの顔が赤く染まっていく。
パクパクと口を動かしては何か言おうとし、しかし結局は何も言えずに口を閉じる。
だが突然ハッとしたように、真っ直ぐにネスティを見返した。


「そんなもん今更だろ!?別に間接キスくらい・・・」
「そう、“今更”というものだ。僕たちにはね」


ネスティの妖しい笑みを見て、気づく。
いま自分が、とんでもなく恥ずかしいことを口走ってしまったということに。
リューグはますます赤くなっていく顔を見られたくなくて、がばっと机に突っ伏した。
目線だけで、じとりと恨みがましくネスティを見上げる。


「テメエ、絶対俺をからかって遊んでやがんだろ」


肩を揺らして笑うネスティに、なんだかもう怒る気さえ無くなってしまう。
すっかり脱力したようなリューグを、ネスティは楽しそうに見遣った。


「まさか。そんなことあるわけないだろう」


しれっとネスティが告げると、はぁっと大袈裟な溜め息が聞こえてくる。
ネスティはクスクス笑いながら、膝の上で開きっぱなしだった本を閉じた。
テーブルの上へそれを置き、ぐいっと大きく伸びをする。
そのままおもむろに掛けていた眼鏡を外し、先程の本の上へと乗せた。
もみもみと目頭を解していると、ふと自分をじっと見つめいている視線に気づく。


「僕の顔に何かついているか?」
「あっ!?い、いや・・・」
「リューグ?」
「だっ、めめっ・・・が・・」
「・・・君はいったい何を言っているんだ?」


声をかけられたことにかなり動揺しているのか、リューグが意味不明な台詞を口走り始める。
ネスティが困惑しながら彼を見つめていると、やっと落ち着いたのかふぅっと息を吐き出した。


「悪い、ネスティ」
「いや。それはいいが、いったい何だったんだ?」
「あっと、それは・・・だな・・」


そう言ったきり突然口ごもったかと思うと、いきなりダンっとその場に立ち上がる。
リューグはネスティの傍に近づいていき、すっと手を差し出してきた。
訳が分からず、リューグのことを怪訝な表情で見上げる。


「何だ?」
「いや、その・・・眼鏡を、借りても・・・いい、か?」


何故か照れた様子で、しかもそんなことを言ってくるリューグに、ますます訳が分からなくなってくる。
けれど別に断る理由も無いので、困惑しながらも彼の手の平に眼鏡を置いてやった。
リューグは俯きながらも礼を言ってそれを受け取ると、何を思ってか度がキツイであろうそれを自ら掛けたのだ。
しかしやはりと言うべきか、眩暈を起こしてその場にしゃがみ込んでしまう。


「度がっ・・・」
「リューグっ!?」


その様子を見ていたネスティが、らしくない切羽詰った声を上げて椅子から立ち上がる。
そんないつもと違うネスティをおかしそうに見上げながら、リューグがひらひらと手を振った。


「もう平気だって。悪かったな」


にこりと、ネスティに向かって笑みを浮かべる。
瞬間、ネスティの心臓がドクンと大きく跳ねた。


「どうかしたか?」


自分を見つめたまま固まってしまったネスティを、リューグが心配そうに見上げる。
彼の視線と目が合ったネスティは、もう一度鼓動が大きく跳ねるのを感じた。


「なるほどな・・・」


何かに納得したようにそう呟くと、不安げな彼のもとへ、優しく口付けを落とした。


「へっ・・・おま・・今なにっ・・・!?」
「そこまで驚かなくてもいいだろう」


リューグのあまりのパニックのなりように、ネスティが多少咎めるような口調になる。
だがそれもすぐに、意地の悪い笑みへと変わった。


「そんなに、眼鏡を外した姿は格好よかったか?」
「へっ・・・」
「明るい場所では、あまり外さないからな」
「なっ、ばっっ!!?」


途端にリューグがこれ以上ないほど赤くなり、口が半開きの状態で固まってしまった。
そんな姿を目に留めながら、ネスティは喉の奥で笑う。
いつもと違う彼の姿を見てみるのもたまにはいいかもなと、こっそり思ったのだった。





















明るい場所と暗い場所だと見え方が違うよね。という話です(笑
以前書いた話のリメイクだったりするんですが・・・
あまり変わってないようでいて、結構変わってたりします。
そして眼鏡リューグは可愛いはずだ!とこっそり主張・・・・・