瞳があった瞬間、何かに捕われたようにそこから動くことが出来なかった。
彼もそのことに気が付いたんだろう。俺を見ていた瞳が、わずかに笑いを含んだものに変わった。
裏切り
「はっ・・・んぅ・・」
なぜ、こんなことになってしまったんだろう。
ただ彼に呼ばれたから、部屋に行っただけだっていうのに。
「何、余計なこと考えてやがんだ」
「んあっ・・・」
俺の考えていたことを諫める様に、彼が強い刺激を与えてくる。
俺自身を握りこんだ手を、強い力で扱く。痛みと快感が織り交ざって、俺は妙に興奮していた。
「んっ・・・あぁ・・はっ・・・・」
「なあ、レックス」
「んんぅ・・・」
名前を呼ばれた瞬間、変に胸が高鳴る。
普段、名前を呼ばれることなんてあまりないからかも知れない。
だとしても、この状況で胸が高鳴ってしまってはまるで―――。
「なんだ、俺に名前呼ばれんのがそんなに嬉しいのか?」
「っ・・・・!!」
図星をつかれて、思わず息が詰まる。
上のほうから、彼の笑い声が聞こえてきた。
でもそれは、俺が知っているような人の好い笑いじゃなくて、俺を馬鹿にするような、そんな感じだった。
「俺にこんなことされて、こんなに感じてるなんてな。あんたよっぽど、淫乱なんだな」
「んっ・・・ちがぁ・・」
俺は必死に首を振って、彼の言葉を否定する。
それでも、恋人でもなんでもない彼の手で感じてしまっていることは事実なのだ。
けど、ここは否定しなきゃならない。だって、ここで否定しなければ『それ』が本当になってしまうから。
「あの坊主に、なんて言い訳すんだよ?」
「なっ・・・ん」
その言葉は、まさに俺の心を見透かしたような台詞で、考えないようにしていたことを一気に思い出させた。
あの子の笑顔が脳裏によぎり、胸を締め付ける。
そう、いましていることは、言わば裏切り行為だ。
「まっ、あんたのことだ。なんか、いい言い訳でも考えてあんだろ。じゃなきゃ・・・・・・」
彼の口元が、耳へと寄ってくる。
そのまま甘い声で、囁いてきた。
「こんなに感じないよな」
「ふっ・・・んん」
そんな行為でさえ、俺の中で快感へと変わっていく。
彼が与えてくる快感と、あの子に対しての罪悪感とが、俺の中をぐるぐると渦巻いた。
「あっ・・・んぅっ・・」
突然、俺のものを扱いていた手が止まったかと思うと、身体の中になにかが入り込んでくる。
それが彼の指だとわかるまでに、そう時間は掛からなかった。
「さすが坊主に慣らされてるだけあって、随分簡単に飲み込んだな」
「んはっ・・あぁ・・・・」
彼の嘲笑うかのような台詞に、俺は羞恥で顔が紅くなる。
そんな俺を面白がりながら、彼はさらに指を増やした。
「3本も簡単に飲み込んじまうほど、慣らされてたのかよ」
「あっ・・・・んぅ・・」
指を好き勝手に動かしながら、なおも俺の羞恥心を煽るような言葉を投げつける。
しかし今の俺には、それすらも快感へと変わっていく。
「んっ・・・あっは・・・・・」
こういう行為をしたことがない訳じゃない。現に、あの子とは何回もしている。
なのにその時とは比べものにならないほど、俺は感じてしまっていた。
「随分といい声で鳴いてくれるもんだな。坊主とヤるときもそんな声で鳴いてんのか?」
「そっ・・なっん・・・・」
「へー、そんなことないってか。んじゃ、いつもはどんな声で鳴かされてるんだよ」
「あっ・・・んぅはっ・・・・」
彼にしてみれば、その言葉は俺を中傷するものだったんだろう。
だけど俺からしてみれば、今の自分ほど乱れたことなんて一度もない。
そういう意味での、そんなことない、だったのだ。
「ふっ・・んあ・・・・」
でもそれはいったいどういうことなんだろうと、わずかに残された理性で必死に考える。
好きな人とするこの行為より、その人を裏切っている今のほうが感じているなんて、そんなこと絶対に認めたくない。
だけど、心のどこかではそれを認めていて、この快感に溺れてしまいたいとさえ思っている。
今の俺はその一歩手前で、必死に踏み止まっていた。
だから俺は、
「なんで俺の名前呼んでくれねえんだ?」
「!?」
本当に、彼には俺の考えなんて全て読まれているんじゃないかと思えてくる。
俺は彼の名前を呼ばないことで、今の自分を必死に保っていた。
だって名前を呼んでしまったら、本当に裏切りになってしまうような気がしたから。
「よっ・・ばな・・・・」
最後の理性を振り絞って、俺はそれだけ口にする。
その答えが気に入らなかったのか、彼から表情が消えた。
俺の中から勢いよく指を引き抜くと、その手で張り詰めていた俺自身の根元を握る。
「いぁっ・・・」
その痛みから小さく悲鳴を上げると、彼は薄く笑ってさらにその手を強めた。
そして冷淡な口調で、静かに喋り始める。
「お優しい先生のことだからよ、どうせあの坊主に義理立てしてるんだろ。けどよ、あんたは自分から俺を受け入れたんだぜ。あんたはとっくに、あいつを裏切ってんだよ」
「ちがっ・・・」
彼の言葉のせいなのか、それとも握り締められているための痛みのせいなのか。
もしかしたら、その両方だったのかも知れない。
俺の眼から、次から次へと涙が溢れ出す。
「俺の言ってることが違うって言いたいのかよ」
「おっ・・・れは・・・・うらぎってなんか・・」
軽い嗚咽を繰り返しながら、そうでありたいと願う言葉を口にする。
すると彼が、冷酷な笑みを浮かべた。
まるで、何を言ってるんだと、そう言っているような気さえしてくる。
「なら、証拠を言ってやるよ。お前が最初から俺を受け入れてたっていう証拠をな」
「そっ・・・なもの・・・・なっ・・」
俺にはもう、彼の言葉を否定し続ける事しか出来なかった。
否定しなければ、その言葉をみとめてしまうようなものだから。
「まあ、意地を張るのもかまわねえけどな。いつまでそれが続くかね」
いつの間にか表情の戻っていた彼が、愉しそうに告げてきた。
耳を塞いで、いますぐ彼の言葉を遮断したい。そんなこと出来ないと、わかってはいても。
「あんたは確かに、俺の名前を呼んじゃいねえ」
彼はゆっくりと、だが確実に俺を追い詰めるために話出した。
「だがな、レックス。お前は自分の意思で俺のところに来たんだぜ」
「そんなことっ・・・」
「ないとは言わせねえ」
必死に絞り出した言葉を、間髪いれずに否定される。
彼はさらに、言葉を続けた。
「お前は自分の意思で、俺の部屋に来た。俺と眼があったあの瞬間、こうなることは分かってたはずだ。だが、あんたはここに来た」
そんなもの彼の勝手な言い分でしかない。
そう思っても、それを言葉にすることが出来なかった。いや、出来なかったんじゃない。
たぶん、心のどこかでは気付いていたのかも知れない。
「俺に抱かれて、嫌がらなかっただろ。声を上げて、よがって、乱れてたじゃねえか。これ以上の証拠があるのかよ」
彼の口から淡々と、俺があえて考えないようにしていたことが語られる。
それさえ知らなければ、俺はきっと被害者でいられたはずだ。
彼は最後に、もう一度あの言葉を繰り返した。
「結局、あんたは最初からあいつを裏切ってたんだよ」
「っ・・・・・・・」
そう、きっとそうなんだ。
俺は最初からあの子の―――ナップの気持ちを踏みにじっていた。
俺は被害者なんかじゃない。むしろ、加害者だったのかも知れない。
「・・・ル」
たぶん、痛みでも快感でもなく、俺は涙を流し続けた。
「カ、イルッ・・カイル!!」
俺は狂ったように、カイルの名前を何度も何度も大声で叫ぶ。
いまはもう、カイルの名前を口にすることに、さほどの抵抗も感じなかった。
今の俺にはもう、カイルしかすがるものがなかったから。
そんな俺を見て、カイルが薄く笑った。
「もっと俺の名前呼んでくれよ。先生」
「はっ・・あぁ・・・・カイ・・・ルっ・・カイ・・・」
堕ちて行くのならば、どこまでも堕ちればいい。
もう二度と、立ち上がれないくらいに。
救いようのないくらい暗くなってしまいました(汗
3で話を考えると、どうしてもシリアスにいってしまうのは何故なのでしょう?
今度は普通に甘いのを書きたいものです。