おかしい、と思う。こんな感情、何かが間違ってるんだ。
だってそうだろ?
少し菓子をやったくらいで、幸せそうに笑ったりとか。
頭をポンと撫でてやると、くすぐったそうに目を細めたりとか。
不安そうに、オレに助けを求めてくる濡れた瞳とか。
そういうのを見てると、ギューっと抱き締めたくなるなんてどうかしてる。
あーっ、でも。やっぱり、ひょこひょこ歩いてる姿は可愛い・・・ってオレー!?
恋する少年
と、そこまで考えた花井は、突然があっと頭を抱えてしゃがみ込む。
近頃こんな思考ばかりで、集中がどうにも途切れがちだ。
いけない、いけないと思いつつも、つい目がそちらにいってしまう。
少しだけ顔を上げて彼の姿を確認すると、何やら楽しそうに田島と話していた。
オレにも最近よく笑うようになってくれたよなぁと思い、自然と頬が緩む。
「なにしてんの?花井」
「うわぁっ!?」
行き成り背後から声をかけられて、花井は馬鹿みたいに大声を上げて立ち上がる。
別にやましいことをしていたわけでもないのだが、何故か悪事を見つかった気分だ。
内心の動揺を悟られないように、ゆっくりと後ろを振り返る。
「さ、栄口か・・・」
そこにいたのが我らが副主将栄口だったので、花井はホッと胸を撫で下ろす。
いや、だから。別にやましいことをしていたわけではないのだけど。
そんな花井のおかしな空気を感じ取ったのか、栄口が悪戯っぽく笑う。
「なにホッとしてるんだよ。やましいことでもしてたの?」
「しっ、してねぇよ!!してるわけないだろ!?」
「冗談だって。ムキになるなよ」
「うっ・・・」
なんとなく遊ばれている気がして、花井は小さく溜め息を吐く。
割と常識人な副主将だが、「いい人」なのは彼限定だ。
しかしどうにも部内には、彼に甘い人間が多くないだろうか。
1年9組を筆頭に、栄口やら水谷やら。阿部は・・・・・
アレはもう異常だよなぁと、深々と溜め息が漏れた。
「でもさぁ、花井だって三橋に甘いでしょ」
「はっ!?お、オレ。口に出しっ・・・」
「てないけど、花井の顔見てればわかるよ」
そう言って、栄口はにこりと微笑む。
ただ笑っているだけのはずなのに、何故か恐い。
花井は冷や汗が流れるのを感じ、無性にここから逃げ出したくなった。
「えっと・・・なあ、栄ぐ・・・」
「花井もさ、そろそろ認めたら?」
折角意を決して戻ろうと言おうとしたのに、栄口に言葉を遮られる。
しかも、言われている意味がさっぱり分からない。
認める?いったい何を認めろというんだ。
くすりと、栄口が笑う。
「あれだけいつも三橋のことちらちら見てさ、自覚ないのもどうかと思うよ?」
「べっ、別にオレはっ」
「認めたほうが楽になるって」
「だから何を!!」
尋ねつつも、花井はそれ以上聞いてはいけない気がしていた。
ドキドキと心臓が痛いくらい脈打ち、頭のなかが真っ白になっていく。
聞いてしまったら、もう戻れない。そんな気がする。
栄口は全てを見透かすような笑みを浮かべ、そして告げた。
「好きなんでしょ、三橋のこと」
「すっ・・・!?」
頭を鈍器で殴られたような衝撃に、一瞬眩暈を覚える。
しかしなんとか意識を回復させて、栄口をといつめようとしたところに。
ちょうどタイミングよくかかる「集合」の声。
栄口も「あっ、集合だね」なんて気楽に言って、その場から立ち去ってしまった。
後に残された花井は暫く呆然としていたが、ハッと我に返る。
キャプテンがこんなところで、ボサっとしている場合じゃない。
駆け出そうとして目に映ったのは、ふわふわした髪の彼の後ろ姿で。
頬がかっと熱くなるのを感じ、慌てて顔を隠す。
ああ、ヤバいかもなと。
自らの恋心をやっと自覚した(より正確にはさせてもらった)花井主将は、集合も忘れ、その場から動くことが出来ないでいた。